テーマ:洋楽(3321)
カテゴリ:洋ロック・ポップス
じわじわとボディブロウのように効いてくる作品 ヴァン・モリソン(Van Morrison)は、1945年北アイルランドの中心都市ベルファスト出身のシンガーソングライター。1964年にゼム(Them)を結成し、ブルー・アイド・ソウルのシンガーとして頭角を現し、1967年からソロとしてのアルバムを精力的にリリース。これまでに30作を遥かに超える数のアルバムを世に送り出している。 活動期間が長くしかも多作な彼の作品の中でも、名作の誉れ高く、よく紹介されるのが、1968年の第2作『アストラル・ウィークス(Astral Weeks)』と、それに続く1970年の『ムーンダンス(Moondance)』である。今回は、前者の『アストラル・ウィークス』を取り上げてみたい。 実は筆者も名盤だと言われて最初に聴いた時には、歌になっているのかなっていないのかよくわからないこの調子に“??”という感じだった。おまけに、ヴァン・モリソンの頼りなげな声、さらには詞の難しさ(これはいまだに格闘中というか、一つの詞がいろいろに解釈されたりするのでとかく難しい)が相まって、結局のところピンと来るアルバムではなかった。 でも、結果から言うと、その当時の筆者の理解力がなかったのだと思う。今になって思えば、ヴァン・モリソンのヴォーカルは、その頼りなげな部分と力強い部分の組み合わせが1つ1つの曲を盛り上げているわけだし、あれこれ考えながら歌詞の内容を思いめぐらすのも一興である。何よりも、よくわからなかったアルバム全体の調子(演奏)は、素晴らしいということにやがて気が付いた。ジャズを聴く時のように、演奏の部分に気が行くと、実は高度によくできた作品だったということに、時間はかかったがものの、やがて気付いたと言えばよいだろうか。 ベースはウッドベース(コントラバス)で、リチャード・デイヴィス、ドラムはMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)のコニー・ケイという奏者である。このあたりにその成功のヒントがあるのだろう。レコード会社の方針に不満のあった(そもそもゼムが短期間しかもたなかったのもこのあたりが原因という)ヴァン・モリソンは、ある人物の誘いに応じて米国へ渡った。時代が時代なだけに、今のアーティストのように自由はなく、当日突然のメンバーでセッションというのもふつうだったようである。渡米後、レーベルをワーナーブラザーズに変えて制作された本作では、主にジャズ畑にかかわりが深く、逆にロック畑には疎いミュージシャンたちが集められた。 アルバムの録音はほぼ1日、完全に終わるまで2日間だったという。ヴァンは特に細かな注文も出すことなく、集まったミュージシャンたちとのセッションを過ごしたと言う。こうした事実関係を考えると、真相は、ほとんどジャズのセッションだったのではないかと思う。もちろんジャズというのは、集まったミュージシャンたちが即興的にどのような演奏をし、それがどう音に具現化されるかで、少し大げさに言えば“一瞬の邂逅がどう名作に豹変するか”にその大きな魅力がある。本盤『アストラル・ウィークス』の演奏もまさにそれなのだと思う。よくわからない調子でヴァンのヴォーカルが即興的な雰囲気の中で展開されていくが、それに呼応するように演奏の息があっている。そのキーメンとなっているのが、とりわけ上記の二人のミュージシャンなのである。 そのようなわけで、じっくり聴けば聴くほど、後から後からじわじわと効いてくるアルバムと言える。ちなみに、じわじわ効いてくるのは、その音楽性だけではなく、セールスの方もそうだった。英米ともにリリース当時はほとんど注目されなかった。それどころか、当時のロックとはこれだけかけ離れたことをやった(なのに今では“ロック史”に残る名盤と言われるが)のだから、注目度が低かったのも確かに頷ける。本盤がゴールド・ディスクを獲得したのは、2001年。当初のリリースから33年も経ってからのことだったそうな。 [収録曲] 1. Astral Weeks 2. Beside You 3. Sweet Thing 4. Cyprus Avenue 5. The Way Young Lovers Do 6. Madame George 7. Ballerina 8. Slim Slow Slider 1968年リリース。 ![]() アストラル・ウィークス/ヴァン・モリソン[CD]【返品種別A】 下記ランキングに参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓ ![]() ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012年03月26日 08時11分11秒
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