きのうの日記に引用した坂本義和氏の論文は、その続きで安倍晋三ら右翼勢力が主張する「確証がない」という議論について、４つのポイントを挙げて次のように批判している；

（昨日の続き）
　他方、日韓の歴史問題の焦点とされている日本軍「慰安婦」について、そうした事実の存在は「確証がない」という意見が日本国内にはある。だが、その場合、「確証」とは何を指すのか。４点指摘しておきたい。

　第一に、普通「確証」とは日本政府・旧軍の公文書である。だが、終戦直後、中央官庁では、３日３晩、書類が燃やされ続けたことは、後藤田正晴氏など、当時、霞が関にいた人が述べている周知の事実である。多くの不利な情報が、灰にされたのだ。また、私は韓国の研究者に、朝鮮総督府には、証拠となる文書は残っていないのかを尋ねたことがあるが、「重要文書は全部燃やされてしまった」という返事だった。だが「文書」がなければ「事実」はないというのは、歴史的事実に目をつぶった「文書信仰」にはかならない。

　第二に、「確証」の最適の根拠は「行動」である。元慰安婦のハルモ二を中心として、ソウルの日本大使館前で毎週水曜日に行なわれる抗議集会は、２０１１年１２月１４日に、１０００回目に達した。日本軍「慰安婦」という事実がなければ、誰が１０００回も抗議デモを続けるだろうか。これは「確証」ではないのか。現在、日本では毎週金曜日に首相官邸や国会の前で脱原発の集会やデモが行なわれているが、これが１０００週間続いても、これをフクシマでの恐るべき原発事故と原発への抗議行動の「確証」とは認めない人は、現実に目を閉じていることは明白である。

　第三に、慰安婦に対する非人間的な扱いを目にした軍の将兵、また自分が慰安所前の列に並んだ経験のある兵士の証言は「確証」になるはずである。私も、「慰安所の列に立っていて、自己嫌悪を感じてやめた」と話した人を知っている。しかし、一部の良心的な人を除いて、慰安所通いをしたことの告白が自分に不都合であり、あるいは戦後に心中恥じる思いをしたその行動を、家族にも話さず、文字にもせずに世を去った人々が大勢いることは、容易に推測できる。この場合には、沈黙が支配する結果、公然たる「証言」がなく「確証」が存在しないかのように見えること自体が、人間の弱みを示す、悲しむべき「確証」なのだ。

　第四に、慰安婦の「強制連行」は立証されていないという議論があるが、「強制」とは、軍が若い女性を暴力的に家から連れ出し、かき集めた、という意味だけと考えるのは適切ではない。河野談話も言うように、慰安婦の募集は「軍の要請を受けた業者が主として当たったが、その場合も、甘言、強圧による」ことなどが多く、「更に、官憲等が直接これに加担したこともあった」。つまり、貧しい家の娘に「いい仕事がある」と言うような「甘言」、また例えば「話に乗らないと家族が困ることになるぞ」と巡査立会いのもとで言うような「強圧」が主で、腕力で集めたというわけではない。問題は「いい仕事」が、予期に反して売春という「仕事」などであっても、もはや逃げられないということ、その上、軍の命令によって、およそ想像もしていなかった戦場にまで連行され、日々多数の兵士相手に性交を強いられても、もはや逃亡して帰国できる望みはない。それは、河野談話の言うように、「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」という意味での「強制」である。
（後　省略）

２０１２年１１月号「世界」岩波書店　３７ページ「歴史的責任への意識が問われている」から一部を引用

　強制連行を命令した文書が発見できないからと言っても、実際に被害者が存在し、別に自白を強制したわけでもないのに加害者も証言しているのであるから、やはり「従軍慰安婦問題は無かった」と言う主張は虚偽であることに疑いはありません。すでに実証的な研究も進んでおり、やがて「確証がない」などと愚かな発言は無視される世の中になるでしょう。河野談話を発表するまでには、わが国政府は誇りにかけて全力をあげて調査した、その結果が河野談話であることを鑑みれば、今さら「確証がない」などという言い分は、見苦しいの一語です。将来の日本人が誇りをもって生きていけるようにするには、問題の是非をはっきりさせ、責任ある対応をとることが肝心です。