毛布にくるまるエクスの夜
またまた、旅に出ている。 「来年のツアーの下見」(下見は自腹です)と称して、エクサンプロヴァンスの音楽祭にやってきたのだ。 前回の旅から帰って2週間たらずの、あわただしい日程なのだが、音楽祭がこの時期しかやっていないので仕方がない。(ヨーロッパの音楽祭は、7月がハイライトというのも少なくない) 大学は採点の時期なのだが、締め切りぎりぎりまで延ばしてもらって、強引に出てきた。 出発前に会ったオペラ仲間の友人に、 「加藤さんの生活って、いったいどうなってるの」 とあきれられてしまった。 それももっともで、ツアーのほかに、下見だの取材だのと称して、通算して年間3ヶ月くらいは、海外にいる計算である。 とくにオペラのツアーの場合、常連の方も多いので、毎年違うところを開拓しなければならないのだ。 とまあ、これは言い訳?ですが・・・(笑) エクサンは去年も来たが、フェスティバルの終わった時期だったので、音楽は空振り。 今回は、公演を3回鑑賞できる日程を組んできた。 チケットがなかなか入手できず、最終的にある方を通じて手配してもらった。Hさん、ありがとうございました。 町としてのエクスはさほど大きくないが、気持ちのいい町。 湧き水の多い土地ということで、町中に噴水があり、また並木が多いのもすがすがしい。 からっとした気候も快い。文字通り「雲ひとつない」青空が広がる。とりたてて観光名所もないのに、ヴァカンス客が多いのも納得、かもしれない。 面白いのは、虫がいないこと。夜、窓をあけていても、蛾のたぐいが来ないし、水が多いのに蚊もいない。いたって快適である。 ただ日差しは強く、日焼けがこわいところである。以前も書いたが、ヨーロッパ人はブロンズにやくことがかっこいいので、日傘をさしたり帽子をかぶったりしない。1日歩いていて、帽子をかぶったひとを数人見かけるのがせいぜい(たいていは年配のひと)、日傘は絶対にお目にかからない。日傘は「オールドファッション」だと、あるイタリア人が言っていた。 私はかろうじて帽子でガードしているが、風が強いので実際のところはあまり使い物にならないのです。 ここのオペラは、大司教館という歴史的な建造物の、中庭が会場。 ごく最近、「プロヴァンス大劇場」という、室内の劇場もできたそうで、ここ数年のハイライトである、ラトル&ベルリン・フィルの「リング」は、そちらでやっている。 さて、今回、この中庭で観たのは、モーツァルトの2作。「ツァイーデ」と、「コジ・ファン・トウッテ」である。 「ツァイーデ」は未完のジングシュピール。マンハイム時代の作品とされる。生上演はめったになく、恥ずかしながらこれが初めて。ピーター・セラーズの演出による、ウィーン芸術週間のプロダクションである。 「ツァイーデ」は、トルコのサルタンと奴隷の話なのだが、セラーズ演出は、これを現代の裁縫工場?にしており、強制的に労働に従事する工員と、工場長の関係の話にしていた。セラーズのことだから、メッセージ性があってのことだろうと思ったら、ロンドンで同じプロダクションのコンサート形式を見た方のブログによると、奴隷制度への反対というメッセージを、セラーズが開演前に長々としゃべっていたとのこと。今回はさすがにその演説はなかった。(http://dognorah.exblog.jp/4107353) それは別にしても、プロダクションとしてこれが面白いかと言われると、ちょっと首を傾げてしまう。メッセージ性は観ればわかるし、場面転換もまったくなく、楽しませようという意図が感じられない(セラーズにしてみればあたりまえ、といいたいのだろうが)。 プログラムにセラーズのメッセージも載っていたが、何しろフランス語なのでちんぷんかんぷんなのでした。 歌手は揃っていたと思うが、男性ソリストが全部黒人系なのは、どうやらセラーズの意図のよう。イタリア・オペラにアジア系(中国、韓国)や東欧系が進出しているのと同様、フランスでは黒人系の進出めざましいのか、と思ったが、翌日の「コジ・ファン・トウッテ」ではまったくそんなことはなかったので。 うって変わって、新制作の「コジ」はとても楽しめる舞台だった。テヘラン出身のアバス・キアロスタミの演出はごくオーソドックスで、舞台の奥行きのなさを映像で補いつつ、動きも多い舞台で楽しめた。クリストフ・ルセの指揮はかなり古楽的な、ドライな音楽づくりで(オーケストラはカメラータ・ザルツブルク)、会場がデッドなこともあって、物足りない感じもあったけれど、歌手との息はあっていたように思う。 若手中心の歌手のなかでは、フィオルディリージを歌ったSofia Solovy、デスピーナを歌ったJudith van Wanroji,グリエルモを歌ったEdwin Crossley=Mercer などが印象に残った。デスピーナ役のWanrojiは、声量もあり、スーブレットという感じではないけれど、いろいろな役が歌える幅のある歌手のように思う。 ところで、この会場でちょっと参ったのは、寒さ。 何しろ開演が10時(ツァイーデ)、9時半(コジ)。終演は1時近く。なんだか、終演から逆算して開演時間を設定している気がした。 昼間も、日差しが強いとはいえさわやかだから、夜中の寒さはなかなか。 ヴェローナのようにざぶとん貸しは来ないのかな、とおもっていたら、なんと毛布が無料で貸し出されており、ベンチの上などにつんである赤い毛布を、みなてんでに借りていたのでした。 毛布にくるまり、震えながらオペラを観る、これがエクスの醍醐味?