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カテゴリ:第10話 遥かなる虹の民
(ああ、あんな誓約をしてしまったなんて…!) 紙片をテーブルに伏せ、思わず顔を手で覆ったコイユールの口元から、声にならぬ呻きが漏れる。 無意識のうちに、彼女の指は、自分の大腿部に結び付けていた短剣に、スカートの上から触れていた。 それは、以前、アンドレスがラ・プラタ副王領への遠征に旅立つ際に――現在は、彼もインカ軍本隊に帰還して、この砦内にいるが――、傍にいられない彼の代わりにと、護身用に渡してくれた王家の短剣であった。 短剣の冷たく重厚な感触を指先に感じているうちに、コイユールの中に、自分では制止しがたい、異様な衝動が突き上げてくるのを覚えた。 彼女は、周囲の兵たちが誰もこちらに関心を向けていないことを見届けると、少しスカートをめくって、短剣を脚に結び付けていた紐を素早くほどき、その剣を膝上に取りだした。 朝食を摂りながら歓談している兵たちの集団から離れた場所に、ひっそりと座っている彼女の膝元はテーブルの下に隠れ、誰もそこに短剣があるなどと気付いてはいない。 一方、コイユールは、息を潜めて、何かに憑(つ)かれたように、膝上に乗せた短剣を一心に見つめている。 美しい彫刻の施されたガッチリとした柄を握り締め、グッと力を込めて、半分ほど鞘(さや)から剣を抜いてみる。 鋭利な白銀の刀が、窓から差し込む早朝の陽光を反射して、強い閃光を放った。 まるで正義の象徴であるかのような厳粛な存在感を纏ったその短剣に、喰い入るように見入ったまま、コイユールは唇を噛み締める。 (今ならアレッチェ様と二人きりになる機会はいくらでもある。 療法を施して、彼を眠りに誘い込むことも、今の状況なら、さして難しいことではない。 ならば、彼が眠りに落ちているうちに、いっそ、これで一思いに――。 そうすれば、アレッチェ様だって、むしろ楽になるのではないかしら…。 インカ軍のためにだって、本当は、その方が……!) 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆ ≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) ≪コイユール≫(インカ軍) ≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍) ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2016.11.29 00:06:05
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