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カテゴリ:遠き波音
その時、多聞丸の焦燥はふいに破られた。
荒れた庭を挟んだ西側の築地塀には、外の小路へ続く小さな門がある。その門が薄く開き、黒い人影が庭へ入ってきたのだ。 高い烏帽子を被ったそれは、明らかに男のものだった。 その人影に気づいた吉祥は、月を眺めるのをやめて優雅に頭を下げる。男は慣れた様子で欠けた階(きざはし)を上がると、吉祥の方へ身をかがめてその手を取った。そして、そのまま吉祥を抱き寄せて、共に寝殿の奥へ入ってしまったのである。 その様子を、多聞丸は呆然と見詰めていた。 まさか、男が通ってきているのか? 多聞丸はしばらくその場に立ち尽くしていた。だが、いくら待っても、男は再び妻戸から出てこなかった。 多聞丸は、ふらふらと庭木戸へ戻り、自失したまま自分の屋敷へ帰った。そして、そのまま一睡もできなかった多聞丸は、翌朝手水(ちょうず…洗面のこと)の支度をしにきた乳母につい聞いてしまっていた。 「隣の……」 「何でございます」 「隣の、吉祥殿には、新しい婿君が参られているのかな」 「どうしてそんなことを」 「いや、別に何でもないのだけれど。昨日の夜、うちの庭をそぞろ歩いていたら、向こうの屋敷から男の人声がしたので」 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013年11月20日 15時42分22秒
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