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カテゴリ:遠き波音
吉祥は身じろぎもせず、じっと近江守の顔を見守っていた。
だが、その瞳には何の表情もなく、まるで底なしの深い淵のようだった。 近江守は吉祥の耳元へ顔を寄せながら続ける。 「だから、そなたが兵衛佐と結婚した時は切なかった。その後、そなたの屋敷に多くの男が通っていることを知った時は、もっと」 吉祥はなおもじっと近江守の顔を見つめていた。 だが、急に立ち上がったかと思うと、側に落ちていた小袖を掴んだ。 そして、それを身に纏う間ももどかしげに、引きとめようとする近江守を振り切って、寝間を飛び出していったのである。 夜が明けると、近江守はすぐ郡司を呼び出して、吉祥をつれてくるよう申しつけた。だが、どこを探しても姿が見えないらしい。 近江守は不安で胸が押しつぶされる思いでじりじりしながら待ったが、三日後にようやくその消息を聞くことができた。 瀬田唐橋の袂(たもと)の岸辺に、吉祥の遺骸が上がったのだった。 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014年02月14日 16時13分00秒
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