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2012.09.29
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カテゴリ:京の見どころ
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 臨済宗/南禅寺派 金地院(こんちいん) 南禅寺の塔頭です

 1400年代足利義持の帰依を得て、洛北・鷹が峰に創建された禅宗寺院でしたが、1605年以心崇伝(いしんすうでん・金地院崇伝)和尚が南禅寺塔頭の現地に移建した寺院です

 崇伝和尚は、徳川家康・秀忠・家光の三代に亘り親任され幕議に参画、行政を始め天下僧録伺(そうろくし)となり社寺の諸事を掌り、「黒衣の宰相(こくえのさいしょう)」と呼ばれ江戸幕府の基礎の確立に貢献した名僧と謂われています


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 金地院崇伝、東照宮を含む諸堂の建築並びに本山南禅寺の伽藍造営にも尽力しています

 ↑小堀遠州により大規模に再建された方丈庭園「鶴亀の庭」、北側の大方丈の内より見た風景は座観式額縁庭園として名高い庭で、国の特別名勝に指定されています


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 ↑南禅寺境内に面する「表門」です、ここに塔頭金地院ありとする門でしょう
 金地院には一つの寺院では珍しい6つの門が設えられています、それぞれに意図あって造られています



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 ↑「大門」 あらためて寺内に入る玄関門です

 (右)「明智門」(唐門) 1582年明智光秀が母の菩提の為に、黄金千枚を寄進して大徳寺に建立された門で後年当寺に移されたものです 大徳寺は豊臣秀吉が織田信長の葬儀を行った寺院だった経緯からでしょう 
 方丈庭園と弁天池への入り口門です



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 ↑「庫裡」 奥に書院・茶室・方丈に繋がっています

 (右)「弁天池」 今睡蓮の葉一面の池、中島に鎮守堂があり弁財天が祀られています、二枚の大きい石橋は岡山藩池田公寄進に寄るものです


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 ↑「楼門」 東照宮の玄関門で拝・本殿はこの真っ直ぐ奥の小高い所に造られ、ともに向きは真東 江戸城を向いて建てられています 寺内此処からは神社です
 公道に面し正面よりは入れませんが、門両脇には家康公と崇伝翁の像が置かれています 右下は上に掛る東照宮の扁額です



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 ↑楼門から東照宮へ昼なお暗い古木に覆われた長い参道です

 (右)東照宮の建物すべて、当然ですが三つ葉葵紋瓦です


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 ↑東照宮「拝殿」 1628年に崇伝和尚が徳川家康遺訓により、家康の遺髪と念持仏とを祀り造営されたもので、当時諸堂が完備されてこれより10年前に完成された日光・東照宮に比すべきものだったと謂われています
 
 右側見えるのが東照宮「御成門(おなりもん)」で貴人の参拝時に通られた門です、又TOPページは東照宮「御透門(おすかしもん)」一般に東照宮参拝時に通る門です



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 ↑左拝殿に続く「石之間と本殿」(重文)です、拝殿共々京都に遺る珍しい権現造り(拝殿と本殿を石之間等幣殿で結ぶ造り)で建てられています

 (右)拝殿内に掲げられている三十六歌仙の額は江戸時代の宮廷絵師・土佐光起(とさみつおき)の筆です


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 ↑拝殿の「天井鳴龍」 狩野探幽筆の初期の傑作と謂われています、妙心寺の法堂(昨7・29UP)、泉涌寺の仏殿も又探幽の作になります (寺内資料より)


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 ↑左側縁の広い「大方丈」(本堂・重文) 間口26m奥行き20mの書院造りこけら葺きの建物で、右側中央に白砂が敷かれる方丈南庭・鶴亀の庭です



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 ↑方丈前です 1611年崇伝老師が徳川家光より伏見桃山城の一部を賜り移建したもので、仏間にはご本尊地蔵菩薩(鎌倉時代仏師・快慶作)を祀る、上に掛る額は「布金道場(ふきんどうじょう)」 山岡鉄舟(鉄太郎)の筆(下にUP)です

 (右)方丈内の襖絵 狩野探幽筆(資料より)



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 ↑書院内の長谷川等伯筆「猿猴捉月図(えんこうそくげつず)」(重文)水面の月を捉えようと手を伸ばす猿の姿を表したものです

 (右)茶室「八窓席」(重文) 茶人でもあった小堀遠州の作、三畳台目の席で窓が八つあった処から名付けられたが、修築でいま六つのみです、貴人座の扱いで京都三名席の一つとして名高い茶席です    (二枚とも資料より)


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 ↑「鶴亀の庭」 1632年崇伝翁が徳川家光の為に、作事奉行を勤める小堀遠州に命じ5年をかけ作庭されたもので、桃山時代の豪壮な意匠が見られる蓬莱式枯山水庭園で、1500坪の広さの中に常緑樹と苔・石組で山や森・島をつくり、大海を表わす白砂と合わせ構成されています
 庭西側より全体を眺めます

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 ↑庭西側より「鶴島」です 左の鶴首を前に鶴が巣篭り中の姿を現し、松は青々として鶴の羽のように華やかに茂っています


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 ↑庭中央は群仙島を象り、仙人が住むと謂われる蓬莱山を表した三尊石の石組みが配され、前の平らな石(3畳あります)は東照宮への祈りを表す遙拝石です、また奥のこんもりした木々と刈り込みは、幾重にも折り重なる深山幽谷の光景を模したものです
 この上の東照宮いま木が生い茂り望めません


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 ↑「亀島」 右の亀頭石を前にいま正に海に潜ろうとする亀の姿を表したものとされています 一番左亀尾石で曲がりくねった柏槇(びゃくしん)が植えられ鶴島とは異なった雰囲気を醸し出しています

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 ↑庭から東を望みます、手前の門は明智門の唐様屋根で背後は東山の山並みです

 東照宮に家康の遺訓が紹介されていました
  「人の一生は重荷を負って遠き道を行くがごとし、急ぐべからず」
 と。

(本山・南禅寺は紅葉の時期にUPの予定です)

(TOPページに「花いろいろ」UPしています、今芙蓉です ホームで見て下さい)
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京都市バス 「南禅寺・永観堂前」下車  徒歩7分

金地院関連HP URL---http://everkyoto.web.fc2.com/report665.html
       (金地院HPはありません)

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最終更新日  2012.09.29 07:24:56
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