父は白血病で、1度は治療がうまくいったものの再発し、集中治療室に移されていた。
訪ねてゆくことを知らせないままに到着したため、病室にいた父のパートナーは
突然現われた見知らぬ男に目を見張ったが、すぐにこう言った。
「あなたが、サムね。」
彼女は何度も、グラスゴーへ僕の消息を問い合わせてくれていたのだという。
NYという、モントリオールにもっと近い場所にいたパートナーの形見を。
ちょうど同じ時期に、こちらも彼らを探していたのだった。
目の前で、ゆっくりと静かに霞んでゆく炎。
ひと言の言葉も交わすことができない親子。
それでも、そんな父の命の最後のゆらめきに、その温かみに手をかざすことに
間に合うことができた僕は、やはりとても幸せだったように思う。
葬儀がすみ、パートナーは僕に父が愛読していたという本を一冊、手渡してくれた。
ボロボロになるまで、読み返されたドラッグに関する手記で、
中にはたくさんの言葉が、昨日書いたような色合いと乱れた筆跡で残されていた。
苦しみの言葉、希望の言葉、また落ち込んでゆく絶望の言葉、
また光を見い出したときの歓喜の言葉。
僕は何故、父が母から、そして僕から離れてしまったのかを知り、
彼が本の主人公に自らの姿を重ね合わせ、
その地獄の縁から這い上がっていった有り様を辿った。
そして最後のページに、僕は見たのだ。
少しも乱れのない、しっかりとした筆致で記されたあの言葉を。
僕がフランキーとリジーに向ったときに、何故か口を衝いて出てきた真理に繋がる言葉を。
「ただこの人を見よ。真理は常に汝と共にあり。」
あの丘の上での情景と、目の前の文字が重なり、古びた本の上でにじんでゆく・・・。
***
グラスゴーでのレストランのオープンは、夕方までの予約客に
限定したにもかかわらず盛況だった。
この日は早めに店をクローズし、7時からプライベートパーティに切り替える。
シャーロットやアリーにも当日まで、ずいぶんと助けてもらった。
招いたのは6人、少年の10回目の誕生日も兼ねて、フレンチを愉しんでもらう。
食事のあとのワインは、ラウンジのソファに移動してとる。
「11月いっぱいくらいは、こちらにいるつもりなの?」
シャーロットがグラス越しに聞いてきた。
ガールフレンドとはしゃいでいたフランキーと、リジーの動きが止まるのがわかる。
「いや。明後日にはNYに行くよ。」
「オーナーがいなくなったら、俺がここを乗っ取ってしまおうかな?」
アリーの飛ばした冗談に、僕は静かに言葉を返す。
「それは無理だな。NYの自宅を引き払って、クリスマスまでにはこちらに戻ってくるから。」
フランキーの顔が輝き、リジーは一瞬こちらをみて目を伏せる。
シャーロットがにっこり笑い、その横で、ネルが小さくハミングし始めた。
若いとき夢にみていた 運命の人
きらめく騎士よ
天空のお城へ 連れてって
アリーがそれを受けて、ネルと肩を寄せて歌い出す。
竜退治をすませたら
きれいな白馬で 翔けてきて
永遠の愛と 喜びと やすらぎと
待ち焦がれていた姫君を
きらめく騎士よ
白馬で翔けて 連れてって
フランキーが近づいてきた。
「年が明けたら試合があるんだ。」
「そうか、しっかりやれよ。」
「キーパーの特訓、してくれる?」
「もちろん。厳しくやるぞ。」
ゆっくりとこちらに向う彼女の茶色の瞳の煌めきを、
僕は今度こそ、きちんと受け止めた。
"Everyone will have their day in the game of their lives."
8へ