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ユウコがテツヤに出会ったのは、彼と別れてすぐ、半年ほど前のことだった。病院の帰り、突然の雨に、雨宿りに入った旅行社の軒先で、カナダの風景を撮った大きなポスターに見とれていると、隣に立っていた男に話しかけられた。
「綺麗ですね」 突然のことに、驚きながらも、その魅力的な声に、ユウコは一瞬で心を捉えられていた。思わずその男の顔を見上げる。 「カナダですね、行ったことありますか?」 背の高い、若い男。二枚目とはいえないが、大きな目と口に十分な魅力と愛嬌を兼ね備えている。ユウコはぼんやりとその顔を眺める。そして、返事をしていなかったことに気付き、慌てて首を振る。 「いえ、海外は。」 「そうですか。僕もないんです。行ってみたいですよ、ほんと。」 と彼は、人懐っこく微笑む。 「でもね、海外どころか宇宙に行った気分になれる方法がありますよ」 と、差し出したのは、黄色い紙に黒い大きなゴシック字で印刷された小さなビラだった。見ると彼は、反対の手にもたくさん持っている。どうやら、ビラ配りをしていたらしい。ユウコは手渡されたそれを反射的に眺める。 「僕、芝居してるんです。今回の芝居は、ずばり宇宙が舞台です。僕が宇宙船に乗って、宇宙を飛び回ります。どうです?見たくなったでしょう?」 ユウコはその言い方に、ふっと頬を緩めた。 「あなたも出るんですか?」 そう、彼がどんな演技をするのか見てみたくなったのだ。 「もちろん、僕が初めて主演させてもらうんです。ね、これが僕の名前です」 と、ゴシックを指差す。そこには、『主演・テツヤ』と書かれていた。 「テツヤ、さん?」 「はい、そうです。まあ、主演っていっても、本番直前までビラをまくような主演ですけど」 と屈託なく笑った。 芝居が跳ねても、ユウコは、イスから立ち上がらずに、待った。誰かを、ではなく、人が減るのを、である。混み合う人の群れに入ると、動悸やめまいがするからだ。200人も入ればいっぱいの小さなホールは、それに見合って、出入り口も狭く、ようやく、人が引いたのは、しばらくたってからのことだった。 客の姿はまばらになり、さっきまで舞台にたっていた劇団員が掃除を始めた会場を見回し、席を立ったときに、後ろから声がかかった。 「見に来てくれたんだ」 それは、テツヤだった。ユウコは微笑んで、 「ええ。ほんとに見たくなったんで」 「ありがとう」 「いえ、こちらこそ。とても、楽しかったです」 ユウコの素直な気持ちだった。普段芝居を見慣れないユウコには、難解なストーリーだったが、どこまでも若さに満ちた作品で、楽しみ、そして元気になることができた気がしたのだ。 「そうですか?だったら、僕も嬉しいです。ありがとうございます。」 頭を下げて、ユウコが帰ろうとすると、 「あ、あの、ちょっと」 と、再度、声がかかった。 「できたら、ちょっとどこかでお話できませんか?」 と小さな声で言ってから、さらに声をひそめて、 「お客さんをナンパしたなんて知られたら、役降ろされちゃうかもしれないですけど」 というそばから、 「おい、テツヤ!」 と小さいが怖い声で呼ばれ、縮みあがるテツヤ。しかしすぐに、 「ナンパは禁止ですよ~」 と、ふざけた感じの声に変わり、ほっとした様子で振り向く。 「水野かよ、焦らすなよ」 「だってさ、、どうも、」 と、テツヤに話しかけながら、ユウコにもにこっと挨拶をし、水野と呼ばれた青年は、 「お客さんのナンパはだめだって!」 「違うよ、芝居の感想を聞いてただけだよ。」 ユウコに目配せするテツヤ。 「で、ちょっと話し足りないから、どっかで、待ち合わせでも、、って、ねえ?」 ユウコがあいまいにうなずくのをみて、 「そういうの、ナンパっていうんだよ」 「違うって。じゃあ、あの、駅前のとこで待っててくれますか?あっと、さっきのポスターの前で、30分後に。」 終電なくなっちゃうな、と思いながらも、ユウコは、テツヤの声に惹かれ、うなずいていた。 ←1日1クリックいただけると嬉しいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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