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2008.06.12
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カテゴリ:yuuko
ユウコがテツヤに出会ったのは、彼と別れてすぐ、半年ほど前のことだった。病院の帰り、突然の雨に、雨宿りに入った旅行社の軒先で、カナダの風景を撮った大きなポスターに見とれていると、隣に立っていた男に話しかけられた。
「綺麗ですね」
突然のことに、驚きながらも、その魅力的な声に、ユウコは一瞬で心を捉えられていた。思わずその男の顔を見上げる。
「カナダですね、行ったことありますか?」
背の高い、若い男。二枚目とはいえないが、大きな目と口に十分な魅力と愛嬌を兼ね備えている。ユウコはぼんやりとその顔を眺める。そして、返事をしていなかったことに気付き、慌てて首を振る。
「いえ、海外は。」
「そうですか。僕もないんです。行ってみたいですよ、ほんと。」
と彼は、人懐っこく微笑む。
「でもね、海外どころか宇宙に行った気分になれる方法がありますよ」
と、差し出したのは、黄色い紙に黒い大きなゴシック字で印刷された小さなビラだった。見ると彼は、反対の手にもたくさん持っている。どうやら、ビラ配りをしていたらしい。ユウコは手渡されたそれを反射的に眺める。
「僕、芝居してるんです。今回の芝居は、ずばり宇宙が舞台です。僕が宇宙船に乗って、宇宙を飛び回ります。どうです?見たくなったでしょう?」
ユウコはその言い方に、ふっと頬を緩めた。
「あなたも出るんですか?」
そう、彼がどんな演技をするのか見てみたくなったのだ。
「もちろん、僕が初めて主演させてもらうんです。ね、これが僕の名前です」
と、ゴシックを指差す。そこには、『主演・テツヤ』と書かれていた。
「テツヤ、さん?」
「はい、そうです。まあ、主演っていっても、本番直前までビラをまくような主演ですけど」
と屈託なく笑った。

芝居が跳ねても、ユウコは、イスから立ち上がらずに、待った。誰かを、ではなく、人が減るのを、である。混み合う人の群れに入ると、動悸やめまいがするからだ。200人も入ればいっぱいの小さなホールは、それに見合って、出入り口も狭く、ようやく、人が引いたのは、しばらくたってからのことだった。
客の姿はまばらになり、さっきまで舞台にたっていた劇団員が掃除を始めた会場を見回し、席を立ったときに、後ろから声がかかった。
「見に来てくれたんだ」
それは、テツヤだった。ユウコは微笑んで、
「ええ。ほんとに見たくなったんで」
「ありがとう」
「いえ、こちらこそ。とても、楽しかったです」
ユウコの素直な気持ちだった。普段芝居を見慣れないユウコには、難解なストーリーだったが、どこまでも若さに満ちた作品で、楽しみ、そして元気になることができた気がしたのだ。
「そうですか?だったら、僕も嬉しいです。ありがとうございます。」
頭を下げて、ユウコが帰ろうとすると、
「あ、あの、ちょっと」
と、再度、声がかかった。
「できたら、ちょっとどこかでお話できませんか?」
と小さな声で言ってから、さらに声をひそめて、
「お客さんをナンパしたなんて知られたら、役降ろされちゃうかもしれないですけど」
というそばから、
「おい、テツヤ!」
と小さいが怖い声で呼ばれ、縮みあがるテツヤ。しかしすぐに、
「ナンパは禁止ですよ~」
と、ふざけた感じの声に変わり、ほっとした様子で振り向く。
「水野かよ、焦らすなよ」
「だってさ、、どうも、」
と、テツヤに話しかけながら、ユウコにもにこっと挨拶をし、水野と呼ばれた青年は、
「お客さんのナンパはだめだって!」
「違うよ、芝居の感想を聞いてただけだよ。」
ユウコに目配せするテツヤ。
「で、ちょっと話し足りないから、どっかで、待ち合わせでも、、って、ねえ?」
ユウコがあいまいにうなずくのをみて、
「そういうの、ナンパっていうんだよ」
「違うって。じゃあ、あの、駅前のとこで待っててくれますか?あっと、さっきのポスターの前で、30分後に。」
終電なくなっちゃうな、と思いながらも、ユウコは、テツヤの声に惹かれ、うなずいていた。


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最終更新日  2008.06.12 03:02:39
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