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カテゴリ:yuuko
8ヶ月も後半、夕方、やっと日の翳った庭でユウコがチェアに座っていると、
「ユウコ」 門のところに、幼い男の子と手をつないだ、同じようにお腹の大きなミチコがいた。 「みっちゃん。」 微笑んでうけるユウコ。 「今日はどう?散歩行く?」 「うん。」 体調と相談しながらだが、時々、川までの道を散歩に出ていた。ひとりだとさすがに不安なので、予定日も近い、気心の知れた幼馴染のミチコと一緒に行けるのは幸せなことだった。ましてや2歳になったばかりの幼い子供と一緒だ。自然に、ゆっくりゆっくりと時間をかけて歩くことができた。 出産も2人目のミチコは慣れたもので、のんびり構えているが、何もかも初めてで不安だらけのユウコは、出産までのことを、あれこれとたずねてばかりだった。ミチコはそのたびに、 「大丈夫よ、出てくるのは、赤ちゃん本人の意思で出てきたいように出てくるんだから。出産よりも、生まれてからの方が大変よ」 と笑った。 『生まれてからの方が大変』か。。 ユウコは、ミチコには、自分が恐らくは出産後、長くは生きられないことを話してはいない。悲しませるだけだから。身重のミチコにそんな心配をかけたくはなかったから。 川までたどり着くと、ミチコと並んで、堤防にゆっくりと腰を下ろした。 ヨタヨタとミチコの幼い子供の危なげな足取りを見つめながら、ユウコはたずねる。 「ねえ、みっちゃん」 「なあに?」 同じように我が子を愛しく見つめたままミチコは答える。ユウコはお腹を撫ぜながら、 「もしもこの子が女の子なら、サトルちゃんのお嫁さんにしてあげてくれる?」 ミチコは一重のゆるいタレ目で笑って、 「なにそれ、随分気の早い話だね」 ユウコは自分も頬笑みながら、 「心配なの。この子のこと、誰か守ってくれる人がいないと」 「ユウコがいるじゃない。」 ユウコは一瞬言葉に詰まったが、 「親だけじゃなくて、、、誰か身近で一緒にいてあげて欲しいの」 ミチコは、ユウコのお腹に手を伸ばし、 「あなたのママは本当に心配性ね」 と笑って話しかけてから、ユウコに向き直り、 「そうね、きっと、ユウコによく似たかわいい女の子なら、悟の方が、夢中になるんじゃないかしら?悟は、ほんと面食いなのよ。小児科の看護婦さんでも可愛い人にばかり寄っていって」 と笑う。 「じゃあ、、、いい?」 「そんなこと、親が決めることでもないと思うけど、、、そうなったら素敵だね。でも、それじゃあ男の子だったら?」 ユウコはミチコのお腹に手を伸ばし、 「この子が、女の子だったら、」 ミチコはその先を聞かずに、 「まったくもう、分かった分かった。」 軽く受け流す様子に、ユウコは真顔で、 「絶対だよ?」 ミチコは、なおもゆったりと微笑んで、 「本人同士の意志に任せるしかないと思うけどねぇ~」 「だけど、、気休めでもいいから、一応約束して?」 「はいはい。分かりました。・・まったく、ほんとに困ったママねぇ。」 戸惑いながらもうなずいてくれたことに、ひとまずは満足し、川の流れを眺めるユウコだった。 散歩から戻ったユウコが門を入ると、サチさんが庭に水を撒いていた。 「お帰りなさい、柚子さん」 「ただいま」 少し息のあがっているユウコに手を添えて、チェアに促すサチさん。 「あんまりご無理をなさっちゃいけませんよ?」 「は~い。なんか、さ、段々お腹が重くなってきて、前は大丈夫だった距離でも、ちょっと疲れちゃうのよね」 「これから産み月まで、まだまだ、大きく、重くなりますよ。お気をつけにならないと」 「そうするわ。・・・サチさん、ごめんね、いつも心配ばかりかけて」 ユウコの言葉に、しばらく沈黙したサチさんだったが、静かに話し始める。 「柚子さん、私は、最初、ユウコさんがお子様を身ごもったと、そして、1人で産むつもりだと伺った時は、とんでもないことだと思いました。先生にも、どうしてお許しになるんですか、と、はっきりとそう申し上げたんです」 ユウコは、そっとサチさんを見上げる。 「誤解なさらないでいただきたいんですが、お子様のお世話をするのがイヤだったというのでは決してありませんよ?」 「分かってるわ」 「柚子さんのお体が、、心配で。どうして命を縮めてまで、結婚もできないような男の人の子供を、と、お相手の方に対しても、腹立たしいやら、悔しいやら、私の人生で、あれほど感情的になったことはございませんでした」 そう語るサチさんの、でも、完全に冷静な口調にふっと表情を緩めるユウコ。 「・・・でも、柚子さんが、お子様の品物を用意したり、いつもお腹を撫ぜられている姿を見ているうちに、その表情があまりにも幸せそうな様子をみているうちに、そんな感情も、いつのまにか凪いで参りました」 「サチさん・・」 「柚子さんが、本当に、幸せな気持ちで産むことができるお子様なんだと、そういうお相手とのお子様なんだと、そう知ることができましたから。そうと分かれば、大切な柚子さんのお子様、私にだって、とても大切な方です」 サチさんはそこで、一度言葉を切ってから、 「柚子さん、ご安心なさいませ。生まれてこられるお子様は、私が、責任を持って、お育てしますから。・・だから、柚子さんは、大船に乗ったつもりで、ご安産なさってください。そして、お願いですから、一日でも長く・・」 「・・ありがとう。すごく心強い。いつも、、甘えてばかりいて、ごめんね。」 夜、ユウコは、ぬるめのお風呂につかり、お腹にそっと触れて思う。 産んでから、、その後のことは、、信頼できるみんながいる。 楓、私は、絶対にあなたを無事に産むからね。 あと少しで、あなたに会える。 今は、それが、とても楽しみだわ。 ←1日1クリックいただけると嬉しいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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