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カテゴリ:心理学
新たな飛躍を見せた一冊 心理療法家「まどか研究所」主宰 原田 広美 『明暗』は、漱石の絶筆となった大作で、他の作品の2倍くらい長い。大正5年、漱石が49歳で12月9日に逝去する直前まで、執筆された。 知人の結婚式に出席して食べたピーナツが、長時間の執筆でやつれた漱石の胃を急激に悪化させ、寝込んで18日目の往生だった。 漱石は、最期までこの作品の完成を気にした。それまでの作品群とは数段違う、新たな飛躍を見せた作品であったせいもあるだろう。 では、どういう点が、飛躍的であったのか。一つは、かつて平塚らいてうと、心中未遂事件を起こした森田草平からの影響で、ドストエフスキーらの階級差による視点が、融合されたこと。 また漱石にとっては、結婚前の恋の対象だった楠緒子タイプのマドンナである作中人物の清子と、夫の過去に気付いて気を揉む鏡子を彷彿とさせるお延が、一つのストーリーで結ばれていること。 もう一つは、楠緒子亡き後、自らも修善寺の大患(30分の仮死)から復帰後の『彼岸過迄』から始まった、主要登場人物達の視点を章ごとに積み重ねて多角的に物語る手法が生かされたことなどを挙げることができる。 弟子の一人であった芥川龍之介が、後に書いた小説『藪の中』では、3人の当事者と、4人の証人が一つの殺人事件を語ることで有名だが、そこへ通じる技法だとも言えよう。 そうした数々のチャレンジを盛り込み、分厚い一冊となった『明暗』に対する評価は高い。 それは、主人公の津田を始め、お延、清子、津田の妹のお秀、ドストエフスキー的な階級差の視点を持ち込む小林、そして清子を津田に近づけた後に、津田の元から去らせる策略を巡らせた有閑マダムの吉川夫人が織りなす、重複的で総合的な対策に対する、読者からの正道な反応だろう。 話は、ポアンカレというフランスの数学者の説を引用しながら、津田の字の手術をする小林医院と、小林という名前の偶然の一致の話から始まる。まるで津田の身体の問題を小林医院で、精神の問題を小林の階級差の理論で解こうとするかのようだ。 さて、ここからの話は、どう展開するのか。それは次回のお楽しみに。
【夏目漱石 夢、トラウマ‐30‐】公明新聞2022.11.18 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
March 7, 2024 04:16:23 PM
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