『ハリー、見知らぬ友人』ドミニク・モル監督(仏2000)
HARRY, UN AMI QUI VOUS VEUT DU BIENDominik Moll117min(DISCASにてレンタル)どんな映画か良く知らずに見たのですが大変面白かったです。邦訳は「見知らぬ」となっていますが、原題の意味は「あなたに良かれと望む友人」くらいの意味で、内容を良く要約しています。主人公ミッシェルがある日高校の同級生だと名乗るハリーなる人物と出会う。ミッシェルにはハリーに見覚えはなく正に「見知らぬ友人」なんですが、ミッシェルのことを良く知っているし、ミッシェルの両親も知っているから偽者ではないらしい。ミッシェルの彼と絡んだ生活が始まるのですが、ハリーはミッシェルにとって良いこと、幸せなことを実現しようとする。そして障害があるとイライラまでしている。でもやがてその親切(?)は思わぬ方向へと・・・、というサスペンスです。辛辣に描かれる人間関係はクロード・シャブロル風、サスペンス性はヒッチコック流と評されているようです。主人公のミッシェルはかつては詩や小説を書く文学青年でもあって、高校の文集とかに作品を発表していた。でも今は結婚して3人の幼い娘を抱え、そんな過去の夢は忘れて日本人にフランス語を教えるしがないフランス語教師。時は夏のヴァカンスで、5年前に別荘として買って自分で修復している田舎屋に家族5人車を走らせていた。車にはエアコンはなく、暑さと退屈で幼い子供達は車内でうるさく騒ぎ、ミッシェルも妻のクレールもうんざり。途中で寄ったサービスエリアのトイレでミッシェルは見知らぬ男に声をかけられる。彼はベルトレ高校で一緒だったハリーだと名乗る。ハリーは恋人のプリュンヌとスイスのマッターホルンに行く途中だったが、予定を変更して一緒にミッシェルの別荘に行くことにする。夕食を一緒にしながらハリーはかつてのミッシェルの詩を暗唱する。ミッシェルが詩や小説を書いていたなど、妻クレールの知らないことだった。ミッシェルとクレールが2階に上がってビックリしたのは、バスルームが豪華にピンク色に改装されていたことだ。この別荘から遠からぬ高級マンションに住む歯科医を引退した父親が勝手にやったのだ。この一事でわかるように、既に成人して独立し、家庭も持ったミッシェルに両親は干渉してくるのだ。そんな両親に会いにいかなければならないのも気重だった。でもすべてを常識的に丸く収めようというミッシェルだ。そんな彼に「ある時期に達したら親とは一線を画すべきだ」とハリーは言う。翌日クレールは車で買い物に行くが、スターターが壊れてスーパーの駐車場で立ち往生。連絡を受けてハリーがメルセデスのSLで迎えにいく。ハリーは父親の財産を相続してお金持ちだった。クレールとハリーは別荘に帰ってくるが、クレールはエアコン付の赤い三菱の四駆を運転している。帰り道ハリーが強く断るクレールを無視して勝手にこの車を買ってくれたのだ。度外れたプレゼントに夫婦は不安と不審を感じもした。その四駆でミッシェルは両親を迎えにいく。2時間の運転は年老いた父親には無理だという理由だ。ポンコツ車ではなくエアコン付の四駆車。これもミッシェルの状況を改善するためのアイテムとしてハリーはミッシェルに持たせたわけですが、この後ハリーはミッシェルの状況を改善するために、特にミッシェルが自己実現である文学執筆活動をするのに良い環境を作ろうとする。そして障害が現れるたびにハリー自らが苦悩するんですね。一体ハリーとは何者で、目的は何なのでしょう。じわじわとハリーの行動はエスカレートしていき、ごく当たり前の友人との再会の場面で始まった映画は、段々と普通ではない気味の悪い雰囲気へと変わっていきます。(以下ややネタバレ)この映画の捉え方は色々可能なのでしょうが、やはりミッシェル本人がハリーを知らないという点と、両親は知っているという点にヒントがあると思います。つまり両親も誰も知らなければ、本当に存在した同級生かどうか分からない人物となってしまう。逆に見覚えのある人物なら実在の人物として特定されてしまうのでしょう。ボクとしてはミッシェルの深層心理の実体化がハリーなんだと思います。ハリーはメフィストフェレスで、現代的ファウストの物語と捉えても良いかも知れません。そして自己実現あるいは自分の幸福の障害となる親しい人々との人間関係とは何かという問いでもあります。ミッシェルの障害となることに別人のハリーが苦悩するというのは変な話で、ハリーの苦悩はミッシェルの苦悩であると考えれば解りやすいわけです。ハリーの連れているプリュンヌという女性は何も言わずにハリーに従う恋人で、これは色々な小言や要求をする妻クレールと対極的な理想のパートナーなのであり、だからこそ彼女がクレールと仲良くなり、子供達の世話にも喜びを感じるという 普通の女 に憧れ始めたとき、ハリーあるいはミッシェルの深層心理にとっては邪魔な存在ともなるわけです。以下はこのサスペンス映画の完全なネタバレをしていますので、十全にこの映画を楽しみたい方は読まないで下さい。ハリーとプリュンヌはミッシェルの別荘を出て近くのホテルに住むようになる。そして親の存在がミッシェルの障害だと感じるとハリーはプリュンヌが寝ている間に両親を事故に見せかけて殺害する。葬式でやってきたミッシェルの弟も障害となると感じて殺害。ミッシェルは妻に隠れて執筆活動を再開するんですが、自分の世界に閉じこもっていきクレールとの関係もぎくしゃくしてくる。そんなクレールはハリーにもう夫に会わないでくれと頼みにいく。しかしある晩ハリーはプリュンヌと別荘にやってくる。そして寝ている彼女を殺害。最後にハリーは2本の包丁の1本をミッシェルに渡して、自分は娘3人を始末するから君は奥さんを始末しろと迫る。しかしそのときミッシェルはハリーを刺していた。別荘の庭には古い排水溝のような深い穴があって、子供たちが落ちては危ないとミッシェルは土で埋める工事をやっていたが、死体はそこに埋めた。ミッシェルは夢から醒めたように正気に戻り、妻にここ数日間の自分を謝り、また妻もミッシェルの文学活動に理解を示す。そして今はエアコン付の快適な四駆で何事もなかったようにパリに戻る家族5人だった。この映画は主要登場人物は4人がなかなか良かった。ハリーを演じたセルジ・ロペスというスペイン(むしろカタロニア)人の俳優さんは無気味&にこやかな不思議な雰囲気を良く出していたし、ミッシェルのローラン・リュカは『変態村』で見た人だけれど、ここでも精神的に追い込まれていくような役を上手く演じていた。女優陣もマティルド・セニエは魅力的にやや疲れた妻クレールを好演していたし、プリュンヌのソフィー・ギルマンは『愛してる、愛してない... 』で初めて見て独特の良いキャラ持っている人だと感じて、次に見た『倦怠』も良かったけれど、ここでも実に良い雰囲気を出していた。監督別作品リストはここからアイウエオ順作品リストはここから映画に関する雑文リストはここから