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ALICE
aka NECO Z ALENKY Jan Svankmajer 84min(1:1.33) (桜坂劇場 ホールCにて) (つづき) アリスがノブの外れた引き出しを引く。中には木製の大きな定規がいくつも入っている。白兎は何処かと手を奥に突っ込んだアリスはコンパスの針を指に刺す。指先に出た赤い血。アリスは指をなめる。そして狭い引き出しの中に入っていく。 こうしてアリスは不思議の世界に入っていく。この後彼女は偶然穴に落ちるが、彼女の落下は4階、3階、2階…と下っていく狭いエレベーターだ。彼女の目前に見える各階は陳列棚のようであり、剥製や貯蔵ビンなどが並んでいる。その一つを手に取ると、ジャムのビンだがそのジャムには画鋲がたくさん混ざっている。 こうして繰り広げられるのは、アリスの不思議の国での冒険であり、トランプのハートの王様や女王が出てきたりでキャロルの原作に沿いながら、シュヴァンクマイエルのイメージの世界。白兎は剥製だから中にはおが屑が詰められているけれど、胸にほころびがあって、そこからおが屑が外に漏れ出している。白兎は盛んにおが屑を食べるが、それがまた胸のほころびから漏れてしまう。ボクはシュヴァンクマイエルをさほど知らないが、彼一流の「食べること」に関するテーマだろう。剥製におが屑だから映像としてはグロくはないが、イマジネーションを膨らませれば…。体を保つためにはおが屑を詰めなければならないが、食べても食べてもほころびから漏れてしまうから、食べ続けなければならないわけで、食べることに嫌悪を感じるシュヴァンクマイエルならではの感覚かも知れない。 そして少女の不思議。ボクは自分が男で、女の子であったことがないからかも知れないが、少女というミクロコスモスは永遠の謎。いたずらをするにしても何でも、比べれば男児の世界は単純だ。少女は子供性と大人の「女」性を同時に秘め、何を考えているのか感じているのか、あるいはいないのか良く分からないことがある。もちろん大人の女性だってそうだけれど、大人の場合は既に「文化」化された居方をしているから、通常は疑問を感じることなしに接することが出来るけれど、少女の場合はそうはいかない。何か内部に秘めた感覚的「女」性、もっと言ってしまえば性的な感覚のウゴメキ(←春の下に虫を2つ書く字が使いたかった)のようなもの、そういうものを持て余す、あるいは戯れている感じだ。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.03.21 00:44:11
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