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白寿を迎えたバァとの毎日 [全328件]
今日は私の誕生日。 誕生日は毎年、バタバタせずに、 ゆっくり好きなことをしてすごす、 そう決めている。 そして、今日は、 病院でのんびりすごしている。 「バァ、今日は私の誕生日よー」 「ほうか」 「バァはいくつ?」 「知らん」 「今年、100才よー」 「うそー」 「バァはいくつのときに結婚したん?」 「20」 こんな風に今日は久々に反応もよく 声がでている。 本当に久々のこと。 これは私へのプレゼントかも。 バァの栄養のほとんどを鼻から摂ると決め、 ドクターが高カロリーの静脈点滴を止めた途端、 続いていた微熱が治まった。 翌日からは表情もはっきりして 言葉数も増えた。 好調が数日続き、 なーんだ、経鼻栄養と高カロリー輸液の 相性が悪かったのか、 ていうか、24時間ずっと入れていた高カロリーが 体に負担だったのか、と ホッと安心した日のこと。 その日は格別調子がよかった。 キョロキョロと退屈そうな様子も見せ、 検温にきた看護師さんに 「熱はないんじゃ」 そう報告するほど。 栄養が順調に入ったのを見届け 午後からの仕事に向かう。 その仕事先で携帯が鳴った。 液晶に表示されているのは 病院名。 ドキリ。 「鼻の管を自分で抜いちゃったんです」 えぇーっ。 「再度管を挿入したんですが、 また抜くといけないので手をしばっても 構いませんか?」 その同意書に判をくれという。 あー、やっちゃったか。 バァの退屈そうな様子に なにか胸騒ぎは感じていた。 あー、やっちゃったか。 かくしてバァは 捕らわれの身となった。 ![]() しかも、順調だった経鼻経管栄養が、 管を再挿入して微妙に位置が変わったのか、 痰がよく出るようになってしまった。 ゴロゴロいい始めると みるみる酸素濃度が減ってしまう。 そして、またしても 曇り時々微熱、が続き、 ここのところは、まったくしゃべらない日が 続いていた。 それでも、状態は安定していると ドクターはみているようで、 200キロカロリー×3回の栄養が 今日から 300キロカロリー×3回になった。 どうやら、別途200キロカロリー入れている 12時間点滴を止め、 静脈カテーテルを抜く意向らしい。 300キロカロリーの栄養は かなりドロッとしたチョコレート色で 腹持ちもよさそう。 「お腹いっぱいになったかい?」 「なんじゃけん(怒)!」 こんな風に大きな声がでるのも この栄養のおかげかも? お腹に栄養が入って バァは自然の摂理にしたがって ウトウトしはじめた。 自然の摂理といえば、 バァは人口肛門なのだが、 ここのところ毎日、袋に入るはずの便が 爆発(?)して、 ひどいときには1日に3回も パジャマを汚して着替えている。 4着あるパジャマで追い付かないので 昨日新たに2着投入。 これでなんとか回せるだろう。 それにしても、そんなに出て 栄養はちゃんと身についているのか? いいことといえば、 下着からすべて着替えるので、 あっちに向いたりこっちを向いたり 腕をあげたり、足を曲げたり、 それなりにリハビリになってるかも。 まあ何事も物は考えよう。 ほんの少しずつとはいえ、 前には進んでいるのだから。 「ね、バァ」 「なんじゃー?」 こんなに声が聞けるなんて いい誕生日をありがとね。
前回の更新から早や1ヶ月が過ぎた。 今年、早くも1ヶ月がすんだのだということ。 順調に回復を見せるかと思われたバァだが ここのところ、微熱が続いている。 ダーリンに送った報告メールから この1ヶ月を振り返ってみる。 1月8日 尿が白く濁ってる。 ちょっと血も混じってるみたい。 検査をお願いしておくね。 1月10日 バァは相撲みてます。 尿検査の結果は、 ばい菌も入ってないし、膀胱炎でもない。 管のせいで粘膜が傷ついてるんだろうって。 1月12日 午後からおしっこの管がとれました。 退屈そうにするくらい調子がよさそう。 1月13日 鼻から栄養をいれてほしいと ドクターにお願いしておきました。 1月14日 今日はリハビリでもよく手が上がってたよー。 結構しゃべったし、いい感じ♪ ![]() 1月16日 鼻から管が入った。 胃の下の方に入れたので逆流しにくいらしい。 明日から栄養が入るみたい。 本人は気むずかしいみたいで、不機嫌で 返事もしないけど。 1月17日 無事に栄養が入ったみたい。 今日はいろいろ返事もしてるし 管も苦しくないって。 でも7度の微熱。 1月17日 やっぱり、栄養が入ったあとは ゴロゴロと痰が出て、痰をとってもらった。 ちょうど痰をとってるときに ドクターが様子を見に来た。 「先生が来てくれとるよー」 「おー!」 「ありがとう言うたん?」 「言わへん!」 大きいな声が出て、ドクターも笑ってた。 今日から 朝昼夕100キロカロリーずつ鼻から、 プラス高カロリー輸液の800キロカロリーで 1100キロカロリー。 1月18日 今日はずっと7度ちょっとの微熱だったけど さっき8度まで上がった。 氷枕で7度まで下がったけど 念のため鼻からの栄養を中止して 検査するって。 明日からカロリー増える予定だったのに・・・。 1月19日 鼻からの栄養をストップした途端 熱が6度台に戻った。 顔もはっきりして、よく返事もしてる。 1月20日 相撲みてます。 表情も良く、酸素も充分、血圧も110くらいで 安定してます。 明日から、鼻からおさゆをいれてみるところから 再スタート。 1月22日 鼻から栄養再開。 途端に熱が7度6分。 1月23日 夕べ熱が9度5分まで出たんだって。 しかも栄養が入ったら痰が絡むようで 酸素濃度が70台まで下がった。 血圧も90くらいで低い。 鼻から栄養中止。 1月24日 熱は一晩中6度台で落ち着いてた。 血圧も安定。 「おはよー」と大きな声が出たよ。 1月24日 午後からまた高熱が出たので 尿検査と血液検査して レントゲンを撮ったらしい。 尿路感染症の疑い、とのこと。 肺炎は落ち着いているらしい。 1月25日 抗生剤で一旦下がった熱が また上がったらしい。 足の付け根に入れてる静脈カテーテルからの 感染症の疑いがあるということで カテーテルの入れ替えをするって。 1月25日 カテーテルの入れ替えをしたら熱が下がった。 血圧はちょっと低めだけど 問題なし。 よく寝てます。 1月26日 熱は6度4分。 落ち着いてる。 かなり表情も豊か。 ベッド上でリハビリもした。 しかも、 今日はセンテンスでしゃべってる!! 私の顔をまじまじと見て 「何でも太いんがええわい」 だって。 失礼すぎる! 私のスマホを見て 「それ何ぞい?」 「電話よー」 「それがぁ?」 と、かなりいい感じ。 明日から鼻から栄養、再開らしい。 尿の量が多量で、1日に2回も尿漏れで パジャマ着替えさせられてた。 1月27日 朝夕の鼻から栄養が始まった。 朝夕それぞれ100キロカロリーずつ プラス800キロカロリーの高カロリー輸液。 熱は6度台。 このまま熱がでなきゃいいけど。 1月28日 熱はずっと6度台で酸素量も安定。 栄養も入ってます。 1月30日 「寒いことない」 とか 「しんどいことない」 くらいしか言わないけど、大きな声が出てる。 1月31日 熱が7度5分ある! 大きな声は出てるけど 「寒い」って言ってる。 2月1日 1日中、熱が7度台。 起きてるけど、しんどそう。 栄養は継続されてます。 毎分2リットル入れていた酸素が 1リットルに減った。 午後に栄養を入れる鼻の管の入替えをした。 2月2日 7度。 全然返事もしない。 よくパジャマを汚すほど尿が出ると思ったら 毎日利尿剤を打たれていたことが判明。 全然知らなかった。 1ヶ月以上打ち続けて大丈夫なのか? ドクターの説明が聞きたいと看護師さんに 取り次ぎをお願いしてる。 朝夕の栄養が各100キロカロリーから 各200キロカロリーにアップ。 ![]() 2月3日 ドクターと話ができた。 結果から言うと利尿剤は必要で 副作用はあまりないそう。 要約すると 今は高カロリー輸液などで 結構な水分が体内に入っている。 高齢になるととにかく水の排出機能がおちるので 水がたまりやすい。 水が体内にたまり出すと、一気に心臓に負担がかかり 肺にもすぐに水がたまり、危険な状態になりやすい。 たまってから利尿剤を打っても全然追いつかないので 普段から少しいれて、そうならないようにしている。 この前尿路感染症(腎盂炎にもなりかけてた)になったので 水分をたくさん入れて出す方がいいので バァには必要量より多めの水分を入れているため 特に利尿剤は必要。 ・・・・(中略) ドクターの説明で不安解消。 微熱はあるものの、状態は安定しているので、 少しずつ鼻からの栄養を増やして様子をみていくとのこと。 2月4日 今日も微熱。 7度6分から7度を行ったり来たり。 しんどそうな様子なのに 私がベッドの横に座ったら 「そこで寝んけん(寝たらいい)」って 言ってくれたので、おことばに甘えて ちょっとうとうと。 夕方、酸素の管が外れた! と思ったら、痰が絡んで酸素濃度が低下。 酸素の管再開・・・早すぎ。 今日はやたら痰が絡むよう。 微熱が続いてる。 2月5日 今日はよく寝てる。 熱は6度9分くらいで落ち着いてる。 なんと明日から 鼻からの栄養が 朝昼晩で各300キロカロリー入るとのこと。 その代わり、高カロリー輸液は中止。 鼻からの栄養にシフトする模様。 ![]() こんな風にバァの様子に 一喜一憂な毎日。 特にここのところは微熱で元気がないので 1日中バァのことが心にかかっている。 明日から鼻から直接胃に入る栄養が増える。 それが負担になるのか 元気の素につながるのか、 それはまだ未知数。 なんとか元気を取り戻してほしい。 入院してもうすぐ2ヶ月。 髪も伸びた。 ![]()
バァの顔をちゃんとみたのは 久々のこと。 1月6日、 バァに付けられていた酸素の管が 外された。 空気中の酸素だけで呼吸をするのは、 12月10日以来。 念のため、血中酸素濃度を測る、 パルスオキシメーターは未だ付けられているが 95以上をキープしている。 血液検査とレントゲン検査があり ドクターからの結果説明。 「血液はほぼ正常値、肺の炎症もだいたい 治まっています。 もうしばらく様子を見てから 鼻からの栄養も検討しましょう」 それを聞いて小躍りしそうになる。 さらにバァは、回診にきたドクターに 「こんにちは」と口パクでいい、 「ありがとうございました」も 口パクで言った。 ドクターは、 「よくなりましたね」と少々苦笑ぎみ。 夕方には大好きな水戸黄門再放送も観る。 少し親しくなった看護師さんが 「正直こんなによくなるとは思わなかった」 そう言いながら一緒に喜んでくれた。 実感として得られなかった バァの快復も徐々に「実感」できはじめた。 こちらの言ってることはよくわかっているようなので 何でもないことでも頻繁に声を掛けている。 「バァ、湯たんぽいれておくね」 聞こえるように大きな声で言う。 「どこにー?」 かすれた声が聞こえて バァを見返す。 しっかり目を開いてバァがこちらを見ている。 バァの声だ。 バァの声だ!! 嬉しくなっておでこにチュッチュッすると いやそうに顔をしかめた。 1日2、3度行っている 吸入器での薬剤の吸入。 10分程度だが、自分で吸入口を手で支えて できるようになった。 昨日の帰り際、いつものように 「おやすみー、また明日」 そう声を掛けると 口パクで 「おやすみ」とつぶやき、 さらには私が手を振ると モゾモゾッと布団から手を出し、 その指先を前後に振った。 今日は、ちょっとした初仕事。 「ちょっと仕事に行ってくるね」 声を掛けると 眉間に思いっきりシワを寄せ イヤイヤと首を横に振る。 「1、2時間よ、すぐ戻るよ」 なだめても首を振る。 口が「イヤー」と動く。 24日のこともあるので ちょっと後ろ髪引かれつつも出掛ける。 2時間ちょっと後、戻ってくると バァは少し嬉しそうな顔で ウンウンと頷いた。 そして今は安心したよう眠っている。 食べる夢でも見ているのか、 口がムニャムニャと動いている。 日々少しずつ快方に向かっている。 その兆しの1つ1つが私たちに元気をくれる。 明日はまた1日分元気になったバァが 私を迎えてくれるにちがいない。
2012年が始まった。 今年はきっといいことが待っている。 絶対。 バァは、年の暮れの31日、 回復室を出て、普通の個室に戻った。 前進。 その後も、血中酸素濃度が急に下がって 毎分3リットルにまで減らせていた酸素供給量が 5リットルに増えたり、というドキドキは経たが 今日とうとうその酸素供給量が1リットルにまで減った。 しかも、リザーバー(酸素をためる袋)付きマスクから普通の酸素マスクへ、 さらには、今日、鼻腔カニューラ(鼻の穴から酸素を入れる管)に。 大前進。 発熱もずいぶんないし 酸素濃度は99か100と極めて良好。 血圧は、少し低めだが安定している。 この度、大きめ動脈瘤も発見されたので 血圧が低めで少し安心なくらい。 顔色も悪くない。 痰のからみも減った。 ただ心配なのは、まったくしゃべらないこと。 しゃべらないので、いろいろな値ほどには 「前進感」が実感として得られない。 私の言っていることは理解しているよう。 うつらうつらとしていることが多いが 表情が結構はっきりしていることもある。 「寒いことない?」 コックリ。 「私が誰かわかる?」 チラリ。(目線) コックリ。 だけどしゃべらない。 回復室を出る前の30日。 痰のからみを取ろうと背中をタッピングしてやると 「おぉ、そこじゃ、そこ掻いてくれ」 そうバァらしい声をあげたが それ以来、サイレント映画を地でいっている。 心配。 それでも少ーしずつでも確実に回復しているのだろう。 日々、ここ病室で過ごして行っている私たちのアピールが 少しは効いたのかもしれない。 昨日、院内リハビリ師さんが、 「ドクターの指示で」バァの関節などの確認に来て さっそく今日からベッド上での 簡単なリハビリが始まった。 まだ腕や足をマッサージしてほぐす程度。 それでも体を動かすことは、体や頭の刺激に 繋がるに違いない。 前回の入院では、ダーリンや私が マッサージをしたり、手足のストレッチをしていたが さすがに痩せすぎて、骨を折ったりしないか心配で 今回はほとんど行っていない。 それでも「意外と関節が固まってないです」の所見。 ちょっと安心。 経静脈投与している栄養は、 初日のみ500キロカロリーで2日目以降は800キロカロリー。 それが今日でちょうど1週間目。 血となり肉となるほどには足りないものの 少しはバァの体の支えになっていると信じたい。 朝昼と投与している抗生剤が 明日まで、という。 その後の検査で、客観的な前進が確認できれば 経鼻栄養という道も開ける。 大きな寝息を立ててバァが寝始めた。 深い眠りが得られているなら 上げ潮ということか。
世の中は、年末の慌ただしさの中にあるが、 私とバァは、そんな世の喧騒とは別世界、くらいの 一定の温度に保たれた、 静かな一室で日々を過ごしている。 ダーリンがバァの退院後のおいしいビールを飲んでから はや、2ヶ月が経とうとしている。 そして今、またダーリンはアルコール断ち、 さらにはカフェイン断ちも敢行している。 バァは12月10日、再入院したのだ。 10月末に退院してからのバァは、 日によって元気がなかったり モリモリ食べれる日があったり ![]() よくしゃべったかと思えば ぐったりしたり、 とうとう完全復活!? と思う日があっても長続きしない、 私たちにとっては一喜一憂の毎日だった。 それでも、予定していた12月4日の バァの白寿のお祝の会では 朝からシャンとして ホテルではちょっと緊張しながらもお客さまを迎え 私たちが案じたような、ベッドに横にならせる、 そんな事態は起こらなかった。 この日、バァのために新調した着物を 10時過ぎから着せていたが、 バァは記念写真撮影のときも 宴の中でもいつでも両手をきちんと揃え ![]() 終始「きちんと」していた。 全員揃ったバァの子どもたち5人とその連れ合い数人、 孫が数人とひ孫1人、私たちの友だちの、 総勢30人足らずの祝宴。 笑いも涙も誘った友人たちのスピーチに ムジカスピアナートの鈴木美根子さんの歌、 バァの4年半5400枚の写真の中から選んだスライドショー、 バァの歌声を収録したムービーなど BS21の門田洋子さんの司会で粛々と進行した。 ![]() 終宴後帰宅してからもバァは、着物を脱がないと駄々をこねて 私を喜ばせ、興奮したようになかなか寝付かなかった。 みんなに会って刺激をもらったのか 翌日からのバァは疲れを見せるどころか絶好調。 瞳は爛々として、口数も多く、 本当に完全復活やな、と私たちを安堵させた。 ・・・なのに、なのに ちょうど1週間後、 再びバァは熱を出し、再入院となった。 またしても誤嚥性肺炎。 気をつけていたのに、 気をつけていたのだけれど。 入院してすぐに、 やっぱり主治医の態度に不信感をもった私たちは 主治医の変更を申し出た。 ・・・途端、 急に親切に丁寧にバァの状況を説明しだし 急に親切に丁寧に治療方針の説明をしだし 急に親切に丁寧に回診に来始めたけれど それでわかったのは、98歳を迎える高齢者だと侮って やっぱり積極的な治療をしていなかったということ。 クレームを出した途端に点滴の種類も変わったんですけど。 「他のドクターの治療も受けてみたい」 そう言って、主治医に院長を希望した。 ドクターが変わると治療方針が変わる。 考えてみたら当たり前のようだが こんなに顕著とは思ってもいなかった。 次の主治医はかなりの慎重派だった。 2回目の肺炎ということもあったかもしれない。 病院で誤嚥するわけにはいかないからかもしれない。 バァの絶食生活が始まった。 点滴で補える栄養はたかがしれている。 カロリー的にも。 前回の入院でも痩せたバァは さらに痩せはじめた。 「食事はまだですか」 オウムのように繰り返すも、 次にまた肺炎になって高熱が出ると 今度は命にかかわりますよ。 そう言われると二の句が継げない。 「でも食べないと筋肉も落ちて体力も落ちて 嚥下機能もどんどん落ちるのでは?」 ちょっと踏ん張ってみても そう言われましても的な反応。 そうして、治療方針が変わったものの やっぱり積極的な治療はのぞめていなかった。 「私が言ってもムリ」 それにしびれを切らしたダーリンが 主治医に直談判。 すると主治医は丁寧に栄養摂取方法について 説明をしてくれた。 女だと思ってなめられていたのか。 栄養摂取の方法は3通り。 ・経鼻経管栄養(鼻から管を通して栄養を入れる) ・高カロリー輸液(静脈から高カロリーの栄誉を点滴) ・胃ろう(胃に管を通して栄養を入れる) あらかじめネットで予習&2人で相談をしていたので 経鼻経管栄養を希望。 「じゃ、さっそく明日やってみましょう」 なんだ、すぐやれるのか。 その「明日」にあたる24日。 朝から主治医が管を通し、 レントゲンで入管を確認。 さあ、白湯で試してみましょう、という段になって なんと、安定していたバァの血中酸素濃度が 急に下がり始めた。 肺の炎症の突然の悪化。 「回復室」なる看護師詰所の隣室に緊急移送。 栄養どころではなくなり せっかく入れた管は使うことなく抜き去られた。 そしてこの日、ダーリンは 主治医から恐怖の言葉を聞く。 なぜか私が知ったのは数日後だったけど。 「2、3日がヤマです」 その2、3日が無事過ぎて 極端に下がったバァの血中酸素濃度は いまや100に回復(通常95~100) 酸素マスクから1分間に13リットルも入れていた 酸素は、ここ2日で1分間に3リットルに減った。 たまに痰が出て酸素濃度が低下するが いつも私が目を光らせて その都度ナースコールで痰の吸引をお願いしている。 熱もなし、 血圧もまあまあ安定。 肺の炎症も少しずつおさまっており 表情もずいぶんはっきりして 言葉も出るようになった。 ひとまず安心。 次はやっぱり栄養摂取、 後手後手に回るのはやめようと 夕べダーリンと素人ながら善後策について検討。 このまま年末年始に突入すると ドクターも休みに入るに違いない。 このままの状態で過ごすとなると 栄養が不十分なままさらに1週間近く経ち バァは衰弱してしまうのではないか。 まだ炎症があるうちは経鼻経管はしてもらえないだろう、 胃ろうもちょっと怖い、 一時的な栄養補給として高カロリー輸液はどうだろうか。 さっそく主任看護師さんにその意見をぶつけると すぐにドクターに取り次いでくれる。 以前は3日は点滴に耐えられていたバァの血管は このところ、1日ごとに漏れて もはや刺す場所がないほど。 高カロリー輸液の静脈から点滴も行える。 高カロリー輸液に決してデメリットがないわけではない。 感染症の危険など、気をつけねばならないこともある。 だけど明らかに栄養が足りないのを 指をくわえて見ているわけにはいかない。 果たしてドクターは 「今日の午後からやってみましょう」 そう言ってくれた。 やっぱり言わないとやらないなんて お役所か、と心の中ではちょっと毒づいたけど。 今日は29日。 10日に入院してからすでに20日が経とうとしている。 抗生剤で肺の炎症が治まってくるのに並行して 少しずつでも栄養を入れて、 なんとか体力を回復してもらいたい。 ![]() 500kcalとはいえ、その効果はあるはず。 24日以降、ここ回復室で、私は家事に帰る時間以外の 23時間くらいをバァと過ごしている。 この部屋は、明るく広く温かく、なかなか快適。 そんなに動かないのに、ダーリンが昼に夜に お弁当を買って運んでくれるので 私はむしろ少し太ったよう。 バァに申し訳ない。 そういえば、急変した24日、 私がお昼に外に出るのを 「いやー、いやー」と言ってバァは止めた。 変調の予兆を自分なりに感じていたんだろう。 そんなことも気づいてあげられなくてゴメン。 バァに苦しい思いばかりさせていると ダーリンと2人で涙したが バァはがんばっている。 私たちも泣いてる場合ではない。 精一杯支えなければ。 バァは、私が手を握り 額を撫でてやると安心したようにウトウトする。 お正月は、ここで3人で祝おう。
金曜日にバァの血液検査と、尿検査があった。 ここのところ、投薬のみなので、 投薬と養生だけなら、 この狭くて環境の悪い病室で過ごすより 自宅療養でもいいんじゃないか、 そう、ダーリンとは話していた。 「食欲もあるし、調子よさそうですね」 そんな看護師さんの言葉を受けて、 その日私たちの希望を伝えてみたら 検査後、主治医に呼ばれる。 月曜のレントゲンではまだ白い影があったが、 それにしては、血液検査も尿検査も値が そんなに悪くない。 標準値を越えているものもあるが 全体的な体の状態はまあまあいいといえる。 退院してみますか? 心の中で拍手をする私に 主治医は続ける。 「まあまた、肺炎になるでしょうけどね」 私が彼の友だちなら絶対言う。 「お前はいつも一言多いんだよ~!」 「また必ず肺炎になるってことですか?」 私にしては激することなく復唱してみた。 「まあ、もう高齢ですからね」 高齢者は必ず肺炎を繰り返すんですか、と 喉まででかかったが、呑み込んだ。 怒ったところで仕方ない。 救急車で来院したとき 当番医だった彼は心配するダーリンに向かって 「年も年ですし、難しいですね」 そう言った。 そう、いつも一言多い。 そのくせ大事なことは言わない。 点滴も投薬も治療方針についても 一切説明がない。 外来なら処方箋があるが、 入院患者には 有無をいわせないような感じで 毎食、薬が届けられる。 看護師さんに確認して初めて 抗生剤 痰切り 風邪薬 と、判明。 風邪薬? 「熱があるからですかね」 看護師さんも首をかしげながら答えた。 いや、熱がまだでるのは 炎症がまだあるからで、 抗生剤が効を奏したら引くのでは? 素人考えではそう思ったが ひとまず処方通り飲ませる。 ところが、バァは ひたすらウツラウツラと一日 ぼんやりしはじめた。 始めはリハビリが始まったから 疲れてるんだろうと思っていたが、 ダーリンがはたと気付いた。 「これ、薬やろ」 そう、3年前脳硬塞で入院したあと 薬のせいでバァはこんな感じになった。 あのとき、私たちは薬を止める決断をし、 バァは元気を取り戻した。 入院中のこと、 ドクターに従うのが当然。 だけど、こっそり私たちは 風邪薬だけを捨てる決断をした。 果たして、 バァの目はパッチリ開いて 表情もイキイキしてきた。 口数も増え、元気を取り戻してきた。 「バァ、もうすぐ晩御飯だからもう止めたら?」 お見舞いにもらったプリンを食べるバァを 止める。 「なんでや、飯は食える!」 バァ節も復活。 そして、明朝、バァは退院する。 まだまだ油断はできないから 病院ですごしていたようなペースで 病院食のような食事が必要だろう。 だけど、またバァとの生活が戻ってくる。 それはやはり、心躍ることだ。 アルコール断ちをしていたダーリンが 明日飲むだろうビールは さぞかしおいしいだろう。
入院してちょうど2週間が経った。 ここ数日は表情もしっかりしていて 声も出ている。 まだ1日か2日に1回出る、 7度台の熱が気になるが 状態はすこぶる良好。 お友だちの「でぶちん」こと くまのプーさんにタオルを掛けてあげる余裕も。 ![]() そういえば、先週した血液検査の結果、 聞いてないんですけど。 そう申し出たら、慌てたように レントゲンを撮り、ドクターがやってきた。 所見は、 「まだ退院していいですよとは言えない」 バァの右肺の写真はだいぶん黒い部分が増えている。 確かに、回復は見えるが まだ下部に白いもやもやが残っている。 血液検査の結果でも、炎症反応が見える。 何より、熱がまだ出ているのが問題。 ざっとまとめるとこんな感じ。 ただ、高齢の割には回復もよいし、 食事を十分摂れているのがよい、とのこと。 今晩も主食・主菜・副菜ともに完食。 「食べる力」って本当に「生きる力」だと 実感できる食べっぷり。 その上、ここ数日はやっと、 言葉もよく出てきた。 「ちょっと買い物に行くけど何かいる?」 「金がないのに」 「お金はあるよー」 「うそばっかり!」 「ホントよー。何買ってこようか?」 「ほんなら、みかん。 10円ほど買うてきてや」 「はいはい」 家ではいつも寝る前に 「おやすみ~、また明日」 そう声掛けしていたので 病院でも帰る間際にそう声をかける。 家では、ちゃんと返事をしていたが、 ここ2週間、それがなかった。 ところが、今日やっと 大きな声で 「おやすみー、またあした」 返事があった。 やっと、戻ってきた実感。 土曜日から念願のリハビリも始まった。 体を動かすことで全身に 元気が取り戻せるはず。 そして、また一段と細くなった足に 少しでも筋肉がつくことを祈っている。
バァの病室は7人部屋である。 カーテンで仕切られているので、 寝たままのご近所さんの顔はわからないが、 だいたい80歳代のよう。 声はもちろん筒抜け。 あるご婦人は、 1日中絶え間ないくらい、 「おねえさ~ん」と叫んでいる。 どうやら看護師さんを呼んでいるらしい。 昨日の午後だけ、それがなぜか 「おとうさ~ん」に変わっていた。 別のご婦人は、とても腰が低い。 食事の介助をしてもらうと いつも、「おいしいです、ありがとう」 丁寧にお礼を言う。 ドクターの回診時には 「いつもあんなおいしいもの食べさせてもらって 本当にかまわないんやろか?」と訊ね、 最後にはたいてい、 「今日はここに泊まらせてください」 そうお願いしている。 また別のご婦人は、人を呼びたいときに 洗面器でガンガン壁を叩く。 隣はナースセンターなので、 看護師さんがすぐにとんでくる。 バァのお隣さんは、1日に何度も ナースコールする。 ちょっとここが痒いという些細な訴えや 尿とオナラがでないという訴え、など。 オナラはちょっと前には出ていたし、 尿もでてますよ、と看護師さんが説明しても 聞く耳を持たない。 ある意味、口が立つ。 そして言ったそばから ブーッ、と盛大な音を出す。 「もう治ったから退院するんで 院長先生を呼んで」 1日中そう訴えた翌日退院した。 どこにでもいるのが世話好きなご婦人。 この部屋のご婦人は若手で70代くらい。 ご近所をまわっては余計なことをいい、 看護師さんに叱られている。 「あなたの症状は私とおんなじやわ。 それは胃の検査してもらった方がいいよ」 「あぁ、胃ですかね?」 「私は胃はなんともなかったけどね」 えぇ? …突っ込みどころ満載。 何人かいるうちの男性看護師の一人がお気に入りで、 「次の休みいつ?」と お出掛けに誘ったりしている。 ていうか、外出許可おりるのか? 新しくバァのお隣さんになった人は まったく食事を摂らず 着替えも拒否して服のまんま。 説明を受けた家族さんが入院をあきらめる。 ハンスト成功。 いろんな人がいて、 ちょっと笑えるが、ちょっと切ない。 なんだか負の空気が蔓延しているような気がする。 病院は長居するところではない。 |一覧| |
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