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2015.08.11
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カテゴリ:江戸珍臭奇譚 
屋敷.jpg

 宗兵衛長屋のある、深川熊井町は隅田川と海との境目に面していた。その海には諸国の廻船が碇をおろし、小舟が荷降ろしで、忙しそうに行き交っていた。船の向こうには佃島が見え、島から昇る鼠色の煙が覆いかぶさるように空を汚していたが、目を凝らせば、薄っすらと富士のお山が遠くに見えた。
 明け六つ、見廻り同心真壁平四朗とお絹は岡っ引き傘屋の弥平次の手引きで、熊井町から、黒江町、富岡八幡宮の門前を過ぎ、州崎の先にある極楽園へ向かって、足を運んでいた。
 お絹は大家の宗兵衛から母のお梅を、極楽園というところへ、預けた方がいいと、言い含められていたが、おっかさんを余所へ預けてしまうなんて、そんなことをしていいんだろうかと、それで、自分だけが幸せになれるんだろうか?躊躇は不安になり、足どりは重かったが、真壁平四朗と岡っ引き傘屋の弥平次に促されるようにしてついて行った。

 入船町の角を南に曲がると、眼前に州崎の海が広がり、松並木が続いていた。その海を見下ろすような恰好で飯森藩の下屋敷があり、『極楽園』と墨で大きく書かれた板看板が掛けられていた。
「信濃の飯森藩といやあ、お絹、お前えの在所じゃねえか、こいつは何かの縁かもしれねえな」
 姥捨て山に老人を捨てている飯森藩の極楽園???お絹には複雑な思いが過ぎった
「旦那、ここがその極楽園でごぜえます。立派なお屋敷で前が海で見晴しはいい、いいとこでござんしょ」
「死ぬ間際の人間には贅沢過ぎるほど立派なお屋敷だ。ここなら、のんびりして暮らせるかも知れねえな、なあ、お絹」
「ごめんなすって!」
 傘屋の弥平次が潜り戸から、屋敷の中に入り、お絹と真壁平四朗が後から続いた。
「あれっ、八丁堀の旦那が、何の御役目で?」
 五つ紋の黒羽織、腰に十手の出で立ちだから、誰にでもすぐに同心と見分けがつく。
「なに、御用の筋できたわけじゃねえ、ちょいと、この娘の母親を預けようかどうか相談にきたのよ」
「そうでござんすか、それはどうも、お困りのご様子ですね」

 出てきたのは極楽園の女将だろうか、はじめは怪訝そうな表情をしていたが、客だとわかると、皺皺の吊り上がっていた貌の目尻を下げ、愛想を崩して、歯のない顔で笑った。
「みなさん、世間様の役にも立たない、家族から忌み嫌われ、どこにも居場所のない、老いぼれで、明日にもお迎えが来るかという老人たちばかりが集まっているんですよ、お大尽はいいとしても、商家や、農家、長屋の年寄りは若い者に迷惑をかけたくない、自分がいつまでも迷惑かけちゃ、家族が潰れる、と、自分から、望んでくるんでございますよ、面子や世間の目などを捨てさすれば、お気楽なもんですよ。
 口減らし、ほうれ、信州や甲州には姥捨山というのがあるでしょ、飯山藩でも昔から姥捨て山というのがあってね、あれはね、村で掟を作って、年寄りを山に捨てるんだが、残酷なようだけれど、家の者たちの命も繋がり、百姓も潰れなくて済む、藩の財政にも役立った。
 残酷だなんていうひともいるけれど、役目を終えた人生は人様に迷惑かけちゃいけないんですね、それでね、飯森藩の殿様はね、江戸にもそんなところがあってもいいんじゃないかと、老醜に悩まされて、困っている人がいるんじゃないかとね。こういう場所がなけりゃ、年寄りは家族から、邪慳にされ、苛められ、虐待される、そのうち首を絞められる。それじゃあ、あんまりだ。
 首を絞める方も、絞められた方も悲劇だ。それで、この下屋敷で年寄り助けをしてるのさ。口の悪い人は『姥捨島』なんていう人もいるが、冗談じゃない、ここは姥捨山とは違う極楽さっ、老人がね、喜んで来るところだよ。家族もほっとする、重たい荷物をよいしょと、降ろしたように心が軽くなるんだ。まあ、越前様じゃないけれど、三方両得と云う場所かねえ」

「ふううん、年寄りが喜んでくる、そいで、家族の者も助かるとね、おいっ、いいことずくめじゃねえか」
「そうですよ、旦那、ここは極楽極楽ですよ、へへへへ、毛は白くなり、 頭は禿げる、歯は抜ける、手は震え、脚はふらつき、耳は遠くなり、眼は疎くなり、心は僻み、終いには糞小便は垂れ流し、物忘れはしょっちゅう、その上呆けときて、癇癪持ちですぐ威張り怒る、そのくせ、自尊心だけは強く、淋しがり屋で、甘えん坊、我儘を言い放題、どうしようもない、老いぼれ、死にぞこないの老人とはこういう人たちですよ、どうにもならない、何の役にもたたぬどころか、生きてく者のお邪魔虫が老人なんですよ。
 こんな老人虫を預かって、世間の掃除をしてるんですよ。ここに預けた家族の方はみな、ほっと安心、なにしろ、死ぬまでここで、面倒見ます、ちゃんと看取ります。そうすればね、親子が憎しみ合ったまま死ぬこともないんですよ」

 まあ、そう云われてみれば、そんな気がしないでもない。養子である同心真壁平四朗も女房の老母のかねという、意地悪な姑を抱えていた。ふと、かねもここに預けられたら、気が楽だなと胸をよぎる。
「どうだい、お絹、ここはよさそうじゃねえか、ここに預けちゃ」
「でも、おっかさんが可哀そう、子供が最後までみてあげないで、自分だけ幸せになるなんて、ここに来たら、死ぬのを待っているだけなんでしょう」
「まあ、そうなんだがね、老人のためにこれからの人生を犠牲にするっていうのもねえ」
「それに十両なんてお金用意できないわ、」
「ああ、お金はね、金貸しの金造が貸してくれるから安心して大丈夫」
「随分至れりつくせりだな、これじゃ商売繁盛じゃねえか」
 屋敷の奥に目を凝らしていると、屋敷の中から三味の音や唄が聴こえてきた。踊りでも踊っているらしかった。
「随分中は楽しそうだじゃないか、ひとつ、中を見学させてもらおうか、老人の生活ぶりも拝見したいのでな」
 そういって、真壁平四朗が屋敷の方に足を進めると、
「それは、困ります、ここは飯森藩の大名屋敷です、藩にもいろいろの事情がありまして、中を案内することは禁じられています」
 幕府の隠密が飯森藩に眼を光らせている時であった。飯森藩では痛くもない腹を探られるのを危惧していて、下屋敷の極楽園にも、誰も入れてはならぬという、お達しがきていた。
「なに?見せられないと申すか、なにか他人には見せられない秘密でも隠されているのか?」
「殿のご命令ですから、ご容赦を、、、」
「まさか、老人たちを虐待したり、見殺しにしてるんじゃねえだろうな」
 と、押し問答をしていると、屋敷の中から、ぱらぱらと侍が走ってきてとうせんぼをした。
「だめだ、だめだ、不浄役人がうろうろする場所ではない、町方などの出入りできる場所じゃない、ご支配違い、ここは若年寄り様の管轄だ」

 侍たちは声高に威嚇する。その侍の中の一人を見て、「あっ!」と、お絹が声を上げた。お絹を信濃の国から江戸まで連れてきた飯森藩の役人江濃往来がいたのだ。
 あれから、六年、随分と歳を食って、頭に白いものが混じった老いぼれた侍だったが、間違いなく江濃往来だった。江濃往来のほうも驚いた表情でお絹を見た。
「お絹さんか、別嬪になってわからなかった。いやあ、恥ずかしながら、あれから風来坊を続けたのだが、ひもじくてひもじくて、また、飯森藩に拾ってもらって、世話になっておる。いやいや、もう女衒の真似はしていないよ、ところで、お絹さんここへ何しに来た?、、、んっ?、、、なにっ?、、、、あの梅吉姉さんをここに預ける?
 そりゃあ、だめだ、ここは地獄の一丁目、家族に迷惑かけねえで、幸せに死んでいくと云う触れ込みだが、ここは牢獄と一緒だ、飯は喰わせる、病気になれば医者もいる、だが、寂しく寂しくて死んでいく場所だ。朝に紅顔ありて夕べに白骨となる、そんな場所だよ。極楽園なんていってるが、飯森藩の御殿様のやることはさっぱりわからねえ、もぐら見てえに、暗い部屋で息を殺して、屍を晒す、梅吉姉さんには似合わねえよ、」

 年老いてまた飯森藩に拾われた江濃往来ではあったが、梅吉姉さんのあの夢のような数日の恩義は生涯で一番嬉しかった出来事だった。いまだに、梅吉姉さんの躰の味も覚えている。
「何をほざくのだ、江濃往来、貴様、年寄りはみなそういうものなのだ、現に、この娘も母の介護で疲れて動けない、自分を犠牲にして、母のために自分の人生を棒に振っても良いと申すのか、それで母親はしあわせなのか?」年嵩の侍が江濃往来を諫めた。
「そりゃあ、天国ではないかもしれぬ、だが、家で嫌がられ、邪魔にされ、遠慮し、惨めな気持ちになり、やがて、仲の良かった家族と恨みあい、死んでいくよりはよっぽどいい、そうは思わないのかい、この娘さんだって困り果ててここへ来てるんだよ」
「だけど、お絹さん、ここはいけねえよ、梅吉姉さんには似合わねえ、」
 江濃往来には、あの華やかな時代の梅吉姉さんの姿しか浮かばず、今、お梅がどういう状況なのか理解できてはいなかった。ただ、ここがあの華やかな梅吉姉さんの最後の場所には不釣り合いだと思っていた。お絹の心はますます混乱していた。真壁平四朗にも判断がつかなかった。
「よくよく、相談してまた来る、その時はよろしく」、と云って、真壁平四朗と傘屋の弥平次、お絹は極楽園を後にした。

(つづく)

作: 朽木一空

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最終更新日  2015.08.11 16:26:37
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