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2016.01.02
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カテゴリ:江戸珍臭奇譚 
 だが、天は見捨てなかった。二十歳を過ぎ、いよいよ売れ残りという時に、父の用心である吾助の計らいで、日本橋の茶問屋の駿河屋甚右衛門から、ぜひお菊を貰いたいとの話があった。
 駿河屋は甚右衛門が駿河の国から出てきて、丁稚から番頭にまで上り詰め、暖簾分けして店を持った苦労人であった。商売一筋で、商いの才覚にも長けた努力家で、店も、裏町から、今や日本橋の大通りに店を構えてていた。
 前妻のお里は寝る間もなく働きずくめのまま、流行病で死んで、甚衛門は独り身だった。背は低く、もっこりとした体躯で、髪の毛も薄く、けっして伊達男の部類の人間ではなく、見栄えの悪い五十男だったが、なにしろ資産家である、結納金も期待できた。お菊の父母は、娘が売れ残っては困る、、渡りに船とばかりに、お菊にこの縁談を進めた。

 もう何十回も断られ続けている縁談である。不承不承ながら、お菊は甚衛門に人生をかけてみることにした。この縁談を断れば、貝に蓋をしたまま、一生日の目を見ない気がしたのである。
 駿河屋甚右衛門は実直そうな仮面の裏で算盤をはじく、なかなかの商売人である。すべては駆け引きだった。お旗本の娘を内儀にしたとなれば店にも箔がつき、格が上がるというものである。
 それに、江戸は、老中水野様の天保の改革で、贅沢を廃し、質素倹約を進めよという号令が幕府全体にかかっている。お菊の父は一千石の直参旗本梶井文左衛門である。賄い方の番頭というお役目についている。質素倹約には、安くてうまい駿河屋のお茶こそがご時世にふさわしい、御改革に沿ったお茶である。大奥ご用達にまでなれば、年間二百両もの節約になる。と、梶井文左衛門に力説し、なんとか、江戸城御用達にしてもらおうという魂胆があった。

 めでたく、婚儀がおわったものの、お菊にとって駿河屋の奥方は幸せな生活とはいえなかった。亭主の駿河屋甚右衛門は「すまんが、我慢してくれ」といって、あのときにも、顔に手ぬぐいを被せてまぐあうのだった。
「ああ、店にはでなくていいよ、家の中のことをよく頼む」
 お菊はお姫様で育ってきたのだ、店先でぺこぺこ頭を下げ、おべんちゃらをいうのは好きではなかったし、できそうになかった。だが、甚右衛門がお菊を店に出したくない理由は他にあった。お客は嫁に来た旗本の娘さんはどんなにか別嬪だろうかと顔を見たがるが、おへちゃで、でぶの奥方に店で対応され、嗤われて、茶まで不味く思われたら台無しだ。
 家の中の仕事は掃除、洗濯、炊事、だが、自慢ではないが、お姫様として育ったお菊はやったことがなかった。
「なんにもできない人だねえ」まめに働いた前妻のお里と比べると、月とすっぽん、甚右衛門は武家の子女に呆れていた。それでも、お菊は我慢して、そのうち子でも授かれば空気も変るだろうと思っていた。
 ところが、嫁いで一年もしないうちに、弟の直次郎が深川の芸者お吉に股間を切断されるという前代未聞の不祥事を起こし、瓦版屋が面白がって、「ちん切のお吉が鬼瓦組の旗本の股間を切り捨てた!、さあ、てえへんだ~」と、書きたてたものだから、江戸中の者が知ることになり、旗本の仲間内でも嗤われた。

 次男の直治朗は長男の覚之助より、頭も切れ、剣術も優れ、何より色男であったのだが、悲しいかな旗本の次男坊、家督を継げるわけでもなく、悶々とした生活を過ごすうちに、お決まりのようにぐれて、鬼瓦組の狼藉者と町を徘徊していた。
 直次郎はいたたまれなくなって、出奔し、行くかたしれずの、無宿者になっていて、父の梶井文左衛門はそれを苦にしたのか、脳卒中で倒れ、よいよいになってしまった。家督は兄の覚之助に引き継げたものの、賄い方の番頭のお役目から外され、小普請組に入れられた。無役同然の身であった。
 駿河屋のお茶を江戸城御用達にして貰うのが、お菊と所帯をもった目的だった駿河屋甚右衛門は、目算外れになった途端、お菊に冷たくなった。じめじめした北側の部屋をお菊にあてがい、下女と一緒に朝から晩まで、お茶の選別をやらされた。
 おかみさんどころではない、ただの下働きの女中同然だった。みじめな奥方様、じっと耐えるだけの生活が続いていた。

 駿河屋甚右衛門の方は寄合だ、商談だ、といってはよく店を開け、外泊することもしばしばだった。実は亭主の甚右衛門は本所の石原町に囲った若い妾に夢中になっていたのだった。
 若いときには働いて働いて、女遊びも我慢して、ようやく日本橋の大店の主になった、苦労人にはよくあることだ。若いときに遊べなかった青春を取り戻そうとして女遊びに走る。別段、それほど珍しいことでもなかった。
 お菊は腹もたったが、あくまでも本妻なのである。子が授かれば、そんなことは吹っ飛ぶと思っていた。ところが、毎日が十日置き、一月置き、三月置き、ついにはこの頃では夫婦生活も一切なくなった。
 これでは子を儲けることなど不可能だ。まぐあうあことのない、仮面夫婦になっていた。

 お菊はなすこともなく、また部屋に閉じこもり、ひがな、大好きな金平糖を齧っては、うつろな毎日を暮らしていた。そして、いつもの頻便、お菊は糞がここぼれぬように、尻を押さえて、慌てて雪隠へ行こうと、廊下を歩いていると、思わず「ぷっー」と、屁が漏れてしまった。
「誰じゃ、雷さんでもあるまいし、臭う落し物の正体は!うっふっふ、お鈴かえ」甚右衛門の声、「あたしじゃありませんよ、ほっほっほっ、まあ、臭うこと、、、」若い女の声、甚右衛門の部屋から、甚右衛門と若い女の声が聞こえてきたのだ。
 お菊は尻を押さえて、じっと障子に耳をあてた。あろうことか、甚右衛門は自分の部屋に妾の女をいれて乳繰り合っていたのだ。
「家の奥で、豚を飼っている。その豚がよく肥えておる、」
「あらっ、まあ、奥方でいらっしゃるのに」
「なに、そのうちに追い出すさ、役にも立たぬ豚はすこぶるぜいたく品だ」
 お菊は思わず障子に手をかけ、荒々しく開けた。甚右衛門と妾のお鈴はびっくり顔でその場を繕う。お菊は真っ赤に充血した眼で、甚右衛門と妾のお鈴を睨みつけた。
「何を見ている、ここにいるのは石原町の三味線の師匠だ。お鈴さんというひとだ。きれいな人じゃろう。それに比べて、お菊、お前の顔、手鏡でよくみてごらん、ひどいものだよ、それでも貰ってやったご主人様を敬ってほしいね、
わたしもね、男だからねえ、きれいな女がいいんだよ」
 お鈴は確かに色気満々の優雅な顔立ちで、気品の高さも滲ませ、修羅場でも涼しい顔をしていた。並みの女ではない雰囲気がした。お菊はお鈴と張り合うのは諦めた。男はみんなきれいなものが好きなのだ。これから先、我慢していても、惨めな思いをするだけだと思った。
「わたしがおへちゃで申し訳ございませんでした。旦那様、三行半(離縁状)を書いていただけますか」
「おお、いつかそういう日が来ると思って、とっくに書いてあるよ」
 これ幸いとばかりに、甚右衛門は箪笥の引き出しから三行半(みくだりはん)の書かれた半紙をお菊に手渡した。
「そのほう事、この度離縁いたし候、しかる上は向後何方へ縁付き候とも差構えこれ無く候、どうぞご自由に!!」
 お鈴はそのやりとりを横目で見ながら、赤い唇の端に笑みを浮かべた。

(つづく)

作:朽木一空

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最終更新日  2016.01.02 20:24:12
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