百六十七 大和物語
【本文】男、女の衣を借り着て、今の妻のがりいきて、さらにみえず。【訳】むかし、ある男が、女の着物を借りて着て、新しい妻のところに行って、それっきりまったく姿を見せなかった。【注】「~のがり」=~のところに。「さらに~ず」=まったく~ない。【本文】この衣をみな着破りて、かへしおこすとて、それに雉・雁・鴨をくはへておこす。【訳】そして、この借りていった着物をすべて破れるまで着て、返して寄越すというので、その際に破れ衣にキジとカリとカモを添えて寄越した。【注】「おこす」=よこす。【本文】人の国にいたづらにみえける物どもなりけり。【訳】地方ではありふれた品々だった【注】「人の国」=京都以外の地。地方。田舎。「いたづらに」=つまらない。【本文】さりける時に、女、かくいひやりける、いなやきじ人にならせるかり衣わが身に触ればうきかもぞつく【訳】そんな時に、元の妻が、こんなふうに歌を作って贈ったその歌、いや、もう着るつもりはない。こんな愛人に着せてよれよれになっている私のところから借りていった着物を。わが身に触れたらいやな愛人の移り香がついたらこまるから。【注】「きじ」=鳥のキジと「着じ」の掛詞。「かり衣」=私から「借り」た着衣と鳥のカリの掛詞。「かも」=「香も」と鳥のカモの掛詞。「~もぞ」=「~したらこまる」と、将来を予想して懸念の意を表す。