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カテゴリ:ほろ酔い日記
今日は午前から雪が舞っていました。 午後になって、すこし強くなりましたからもしかしたら積もるかも知れません。いよいよ冬か…、信州は冬がながいのです。 こんな日には、ミッシェル・ビスマルクという人の書いた寓話でも…。 ある日のことです。年寄りのヤギが散歩をしていると、フェルトの帽子が落ちていました。誰かが忘れていったようです。とても立派な帽子だったので、じいさんヤギは自分の頭にかぶり、そのまま散歩を続けました。 ところが、村に戻ると妙なことが起きました。どのヤギも「偉いヤギが来たぞ!」とあわてふためき、うやうやしくあいさつしてくるのです。どうやら帽子をかぶった姿が立派に見えるらしいのです。そのうち羊の代表団までやってきて、頭を下げてこんな質問をしました。 「おお、帽子の賢者さまよ。わしらはずっと日照り続きで困っております。いったいいつになったら雨がふるのでしょう?」 じいさんヤギにもそんなことはわかりません。でも、わからないというのもシャクです。ちょいと帽子に手をやって、もったいぶってこう言ってみました。 「太陽のあとには、雨が来るものじゃよ」 この言葉を聞くと、羊たちは安心した顔で帰っていきました。 さて、それから数日後、なんと本当に雨がふりだしたのです。そこで誰もが「あの賢者さまはすごいぞ」と噂しあうようになりました。そして、じいさんヤギのもとには新鮮な草だの、美人の雌羊だのと、山ほどの贈り物が届けられました。 じいさんヤギはしめしめと思い、それからつぎつぎと適当なご託宣を下していったのです。たとえば、食べる草がなくなったと聞けば、「谷を移るとよい」と言い、雨がふりつづいて水浸しだと聞けば、例によってもったいをつけ、「雨のあとには太陽が顔を出すものじゃよ」と言うのです。 そして、〈帽子の賢者さま〉の口から出た言葉なら、それがどんな言葉だろうと誰もが信じてしまうのでした。 だいたい文芸について僕の書いたり言ったりしていることも、このヤギとそう変わることがないことです。人が言ったり書いたりしてきたことを、もったいぶって受け売りしているだけです。 あえて自己弁護すれば、〈学ぶ〉は〈真似ぶ〉から来ているといいます。人から学んだことを口にしていると、勝手に〈ヤギの賢者様〉風にみてくれる、こともあると…。 蝶クリック お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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