カテゴリ:ある女の話:サキ
サキ2-5
4月。 先輩に教えてもらった単位が取りやすい講義を選択して、 ノートやテストの出題傾向も譲り受けて、 友だちたちと情報を交換しあう。 就職のオリエンテーションは、イマイチ具体的じゃなくて、 何かわからなかったら就職課に聞きにくるようって話だった。 自宅組は、結構ノンビリしてる。 私だって、今更こんなに焦るとは思わなかった。 だって、入学した時には帰省して、地元で就職すると思ってたから。 私みたいに、こっちで彼ができちゃった子たちは、 みんな必死に就職活動してる。 中には結婚を考えてる子までいる。 年上なら、それもアリなんだろうけどね。。 あ~あ。 私は溜息をつきたくなった。 まだ付き合って4ヶ月も経って無いのに、 最後までしてないけど、 指輪だけもらって浮かれてる。 自分はきっと、赤木くんの特別だって信じてる。 友だちは、指輪を見ると冷やかしてくる。 4ヶ月程度の付き合いで重くない?なんて言う子さえいる。 重くなんか無いよ。 ただ、怖いだけ。 体ばかりの関係になっちゃうのが、 今の状態が変わっちゃうんじゃないか?って、 お互い、何となく、友だちから始まったから怖いんだ。 私はそう思ってるし、そう感じてる。 携帯電話の表示に「赤木シンヤ」って名前が浮かぶと、 赤木くんって呼んでるくせに、 心の中では「シンヤからだ~♪」 って、思う。 でも口から名前が出て来ない。 なんでだろう? 学校での就職説明会の帰り、 時間が、もったい無いので、そのままバイトに行くことにしていた。 何だか、心がモヤモヤしていた。 やっぱり、こっちで就職するのは不利だとか、 自宅組の有利さとか、 コネで入れることが決まってる子の話を聞いてきたからだ。 けど、そんなモヤモヤも、 シンヤに話すと、ちょっと楽になる。 せめて顔だけでも先に見てからバイトに入ろうかな。 そう思って、シンヤのいる1階カウンターに客を装って入ると、 棚に在庫を入れてるシンヤが見えた。 声をかけようとしたら、隣に女の子がいるのが見えた。 ユウコちゃんだ。 シンヤと何かしゃべって、楽しそうに二人で笑ってる。 バイトエプロンを着た二人の、その空間と、 自分の紺色のスーツが、 何だか違う世界を意味しているみたいで…。 私が就職して(もしかしたら、就職できなくて帰省して)、 この空間からいなくなったとしても、 何も変わらない、この風景。 シンヤもユウコちゃんもまだここに数年いて、 今と同じように商品を出して、 私がいても、いなくても、 何も変わらずに、こうしてバイトしてる風景。 ふと、そう感じて、 シンヤがいる「この世界」にもう戻れないような気がして、 何だか、ここにいるのが辛くなった。 笑っていたシンヤと目が合いそうになった瞬間、 私は咄嗟に後ろを向いて、 逃げるようにロッカー室へ向かってしまった。 ヤバイ。変だった? …よね。 スーツ、やっぱり一度帰って、着替えてくれば良かったと後悔した。 たった4時間だし、店のトレーナーやエプロンがあるからイイと思ってた。 けど、堅苦しいスカートが動きづらい。 社会人になったら、毎日こんな服を着て動くのかと思うと、 何だか嫌だと思う自分がいた。 ジーンズをはきたい。 Tシャツでいい。 「サキちゃん、今日何か大人っぽいー。」 いっしょに品出しをしながら、ミサコちゃんが言った。 「ストッキングにスカートだからかなー? 社会人って感じがするー。」 「ババ臭いの間違いじゃ無いー?」 「やめてよー!私のが年上なんだからー!」 ミサちゃんは大袈裟に、両手を頬に当てて、青くなるポーズを作ってから笑った。 「そろそろレジ交代するかなぁ?」 フリーターのワタベくんが声をかけてきた。 「あれー、もう就職活動の時期だっけ?」 ワタベくんが私の服を見ながら言う。 彼は海外に行く資金が溜まると店を休職(?)して、 お金が尽きると帰ってくるらしい。 店のオーナーの親戚って話で、年齢は不詳。 けど、妙に若く見える。 肌から20代と言う人もいれば、実は40なんじゃ?と言う人もいる。 どう見ても見えないのに、 本人は50歳だと、ワケのわからないことを言っているので、 みんな、もう何歳だろうが、どうでも良くなっていた。 「カトウさんは、早婚の相が出てるから、 きっと就職して、すぐに結婚するね。」 「え?なぜ?!」 私もつい、ミサコちゃんと同じ頬を両手で押さえるポーズをしてしまう。 「またまた~! この前、サキちゃんが赤木くんと付き合ってるって知ったからでしょ?」 ミサコちゃんがお見通しと言うように言った。 「いや、そうじゃ無くてねー、 俺、海外で友達になった占い師に教えてもらったんだけど…」 と、ワタベくんが言いかけた瞬間、目が他所を向いたので、 私もその視線を追うと、 そこには、こっちに向かって来るシンヤがいた。 「サキ、ちょっとイイ?」 「きゃー!サキ、ちょっとイイ?だってー!」 ミサコちゃんが楽しそうに繰り返すと、 シンヤが恥ずかしそうにこっちを見た。 「ほら!行ってきな!早く戻ってきてねー♪ ホントにちょっとだよね~?」 ニヤニヤしたミサコちゃんが私の背中を押す。 こっちまで恥ずかしくなった。 「いや、やっぱイイや。 すいませんでした。」 シンヤは、私がすぐにシンヤの方に近付かなかったからなのか、 すぐに戻ってしまった。 「ごめーん!騒ぎ過ぎた?」 あまり、ゴメンと思って無い感じでミサコちゃんがペロリと舌を出して言う。 「ううん、いいの。 別に大した用じゃ無いと思うし。」 しばらくして、ポケットの中の携帯がふるえた。 トイレに入ってメールを確認する。 バイト終わったら、いっしょに帰ろう。 やっぱり、シンヤからだった。 顔を見に来てくれたことが嬉しいと思うけど、 今、シンヤと話すと何か心の中にあるモヤモヤをぶつけそうな自分がいる。 何て返事をしたらいいのか、わからない。 私はメールを放置した。 続く 前の話を読む サキ1:目次 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011年04月29日 16時59分52秒
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