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2017.02.18
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  • 歴史家のアトリエ.jpg

ジョルジュ・デュビー/ギー・ラルドロー(阿部一智訳)『歴史家のアトリエ』
~新評論、1991年~
(Georges Duby / Guy Lardreau, Dialogues, Flammarion, 1980)


 「新しい哲学者」のひとり、ギィ・ラルドローと、中世史家ジョルジュ・デュビィの対話形式で、デュビィの歴史学の実践や歴史観が浮き彫りにされる一冊です。
 ラルドローについては私は本書ではじめて知りました。その経歴や「新しい哲学者」(「新哲学者」とも)については、本書の訳者あとがきで紹介されています。
 デュビィの経歴や著作については、拙ブログで紹介しました、ジョルジュ・デュビー(松村剛訳)『歴史は続く』白水社、1993年の記事を参照していただければ幸いです。
 さて、本書の構成は次のとおりです。

―――
序章
第一章 ゆるやかな唯名論
 1 歴史家の窮屈な夢
 2 倫理的関心事としての学識
 3 歴史学は年代学である
第二章 記憶と記憶が忘却するもの
 1 記憶の歴史
 2 民衆の記憶 「民衆の」文化と偽の記憶
第三章 歴史学の歴史の中で
 1 「同僚」たち
 2 ロマン主義的「大歴史学」
 3 アナール学派とそれ以後
第四章 マルクスと「たらい水」
 1 道程
 2 階級(Les Classes)
 3 キリスト教とマルクス主義
第五章 干渉、相関関係、動的配置
 1 風景
 2 国家、民衆の抵抗、家族
 3 教会と宗教の諸形態
第六章 エピローグ
あとがき

訳者あとがき
原註
訳注
―――

 序章は、対話ではなく、ラルドローが、歴史学に関する理論について考察しています。正直、いまの私には理解できず、とても紹介できません。

 第一章以下が対話となっていて、こちらはより具体的で面白かったです。
 たとえば、第一章では、歴史家と小説家の違いについて、というよくある議論がなされています。ここでデュビィは、「歴史家は…「真実性」への配慮を怠ってはならない」(55頁)と述べ、歴史家に求められるのは、「確信のないことについて何も口にしないという道徳」(77頁)であると言います。自身の実践としては、「私の創作物をできるだけ堅固な足場の上に置き、厳しい批判を受けた痕跡や、できるだけ正確で厳密な証言に基づいてそれを構築しようと心をくだいています」(60頁)と語っていますが、ここで「創作物」ということばを選んでいるのが印象的でした。
 一方、デュビィは、「歴史はまず芸術であり、本質的に文学作品であると考えています」と言っています。そこで彼は、「私が仕事に捧げている時間のかなりの部分はスタイルの鍛錬に消えていきます」と続けています。しばしばデュビィの文体は特徴的(非常に洗練されているという意味で)だと指摘されているゆえんでしょう。
 関連して、私が読んできたデュビィの著作には非常に注が少ないのですが、このことについても次のように言っています。「私は最近刊行された本からほとんど完全に脚注をなくしてしまいました。私には証拠品を並べ立てる義務があるなどとはとても思えなかったし、また私の著作を読んでくれる歴史の専門家は、私のひとつひとつの言明が何に由来するのかを知っているだろうと考えたのです」(81頁)。背景として、「肥大した文献目録や各ページの山のような脚注から立ちのぼる煙の巨大なカーテンが得られた成果の小ささを隠」すものとしての「アリバイとしての学識」への批判があります(74頁)。たしかにそういう文献もあるのでしょうが、しかし脚注が少なすぎず、論拠である「厳しい批判を受けた痕跡や、できるだけ正確で厳密な証言」が何であるかを明示できないのも、行き過ぎかなと個人的には思います。かつて学生だった頃、ゼミでもっとも共感したのは、歴史学の営みに必要なのは(歴史学と小説の違いといってもいいですが)、検証可能性だ、ということです。ある記述の当否を検証するためにも、適切な脚注により論拠を明示することは、必要なことなのではないかと感じます。
 …と、第一章の所感だけで長くなってしまいましたが、このようにいろいろと考えさせられました。

 本書には、残念だった部分もあります。まず、注について。訳注が充実していますが、本文では訳注番号がふられているのに巻末訳注では該当の注が存在せず、以後本文の訳注番号と実際の訳注番号がずれているところがありました(第一章訳注4以下)。また第五章では、原注の番号が本文と巻末とでずれています。
 訳語では、70頁の「尊厳王ピエール」が気になりました。直前で聖ベルナールに言及されていることから想像するに、ベルナールと書簡のやりとりもしていたクリュニー修道院第9代院長のペトルス・ウェネラビリス(尊者ピエール)のことでしょうか?? 尊厳王といえば、フランス王フィリップ尊厳王(フィリップ・オーギュスト)がいますが、これだと名前が違います。原著をみていないのでなんとも言えませんが…。
 さいごに、訳者あとがき(284頁)と原注第一章(1)(287頁)で、巻末にデュビィの文献目録があると書かれていますが、少なくとも本訳書の巻末には、デュビィの著作目録はないです。原著にはあるのでしょうか…。

 このようにいくつか残念な点もありましたが、デュビィの歴史学の実践に、哲学者との対話という新しい角度からふれられる面白い一冊だと思います。ただ、理論的・抽象的な議論については、これは私の力不足ですが、理解できない部分も多くありました。

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Last updated  2017.02.18 13:46:16
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