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このブログでは、本の感想[主にミステリ]と西洋中世史関連の記事を中心にしていきたいと思います。
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記事を読んで、「私はこう思ったよ」とメッセージをくださったり、あるいは読んでみようかという気になったりしていただけると幸いです。
よろしくお願いします。

☆お知らせ☆
 ある方のページで知り、迷惑コメント&迷惑TB対策として、禁止ワードに
「http://」を追加しました。この設定のため、いつも見に来てくださっている方からTBが届かなかったことがあり、その点はきわめて残念ではあります。けれど、ブログの確認をするたびに不快な迷惑コメント&迷惑TBが届いているのを知り、消していくのがなんとも空しくなるので、あらためて上記の設定にいたしました。
 他になにか良い迷惑コメント&迷惑TB対策があれば、ご教示いただければ幸いです。

のぽねこの日記 [全1214件]

  横溝正史『八つ墓村』  
[ 本の感想(や・ら・わ行の作家) ]  

八つ墓村
横溝正史『八つ墓村』
〜角川文庫、1976年35版(1971年初版)〜

 映画で有名な『八つ墓村』です。今回、久々に再読してみましたが、やっぱり面白いですね。
 ではでは、簡単な内容紹介と、今回再読しての感想を。

ーーー
 昭和2X年。金田一耕助が、『夜歩く』事件を解決した直後のこと―。
 神戸の化粧品会社に勤める寺田辰弥は、自分のことを探している人物がいることを知る。母親に育てられ、その母親も7歳の時に亡くなってしまい、身よりのない自分を、誰が探しているのか…。
 法律事務所で対面した諏訪弁護士は、彼の両親のことを聞き、そして彼の体を見せてほしいと頼む。辰弥の体には、焼きごてでも当てられたような傷が、一面についているのだった。
 その後の会見で、辰弥は自分を探しているのが、八つ墓村の多治見家だということ、自分は26年前に失踪した多治見陽蔵の子供だということを知る。しかし、辰弥に会いに来ており、二度目の会見に居合わせた彼の祖父が、そこで血を吐いて死んでしまう。これが、連続毒殺事件の幕開けだった。
 祖父の遺体と辰弥を迎えにきた森美也子と、諏訪弁護士から、辰弥は自分の身の呪わしさを知る。永禄9年に八つ墓村で起こった8人の落ち武者殺し。そして26年前に起こった、32人殺し事件。その犯人が、自分の父だというのだから…。
 村人たちに奇異の目で見られながら、多治見家での生活が始まった。しかし、間もなく事件が起こる。肺病で、命も長くないと思われていた兄が死に、おじで医者の久野は怪しい素振りで、双子の大伯母、小竹と小梅も辰弥に怪しいお茶を飲ませる…。
 姉の春代のあたたかな態度、美也子の姉御風の接し方に救いを感じながら、辰弥は次第に自分でも調査をはじめていく。それは、母が遺した地図の意味や、自分の父親は誰なのか、といったことにも関わっていた。
 一方、殺人は繰り返され、迷信深い村人は辰弥が犯人だと考え、ついに辰弥をとらえようと動き始める…。
ーーー

 映画は少なくとも豊川金田一版と渥美金田一版の2種類は(テレビで)観ていますし、あるいはビデオに録って見返したこともあるように思います。というんで、大体の流れと犯人は覚えていました。
 また、本作は『本陣殺人事件』や、内容紹介でも言及した『夜歩く』などの作品に比べれば、大がかりな謎の提示もないですし、謎解きに重点も置いていないように思います。
 なので、なかなか本書を再読していなかったのですが、今回読み返してみて、あらためて面白く読むことができました。
 今回は、特に辰弥さんにまつわる悲しい運命を中心に、豊かな物語性を楽しみながら読みました。村人や鍾乳洞の冒険など、スリルにもあふれています。
 また、今回思ったのは、今回の大きな「主人公」は八つ墓村そのものであるということです。
 もちろん、事件を一人称の形式で、記録者の立場で綴っていく辰弥さんが主人公であることは間違いないのですが、春代さん、小梅さんに小竹さん、慎一郎さんに典子さん、美也子さん、久野先生、和尚さんなどなど、この村の人々の人生―辰弥さんにも使った運命という言葉を使っても良いかもしれません―がからみあい、それが事件を複雑なものとして、同時に物語に含みを与えています。はるか昔から続く八つ墓村の悲しい歴史は、しかしこの事件の終結をもって、希望も持ち始めることになりますし、そういう意味で、「八つ墓村」自体も、大切な主人公であると思うのです。
 先に私は映画などで犯人を知っていたと書きましたが、それでも、関係者たちの不可解な行動にはわくわくしました。また、本書には派手な謎の提示はありませんが、犯人の動機は最後まで謎に包まれています。なので、謎解き重視ではないといいつつ、十分に魅力的なミステリでもあるのです。
 というんで、楽しめた一冊です。

※表紙画像は、横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。

(2009/11/21読了)



Last updated 2009.11.23 07:03:58
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2009.11.21

  岩本通弥編『覚悟と生き方―民俗学の冒険4―』
[ 教養・学術書(西洋史以外) ]  

覚悟と生き方
岩本通弥編『覚悟と生き方―民俗学の冒険4―』
〜ちくま新書、1999年〜

 日本民俗学会50周年記念事業出版「民俗学の冒険」シリーズの第4巻です。私の知る限り、このシリーズの最終刊です。
 本書の構成は以下のとおりです。

ーーー
はじめに

プロローグ 「神話」の崩壊と「伝統」の回帰のなかで(岩本通弥)

第一部 掟と噂
 第一章 会社の掟―現代サラリーマン事情(中牧弘充)
 コラム1 会議の決め方―全会一致と多数決(宇田哲雄)
 コラム2 中元は伝統か(福田アジオ)
 第二章 うわさ話と共同体(山田厳子)
 コラム3 規則と若者
第二部 女の幸福
 第三章 結婚と相手(八木透)
 コラム4 新歓コンパとイニシエーション(高田公理)
 第四章 現代女性とライフスタイルの選択―主婦とワーキングウーマン(安井眞奈美)
 コラム5 流行としての水子供養(森栗茂一)
第三部 霊魂の行方
 第五章 「死に場所」と覚悟(岩本通弥)
 コラム6 祖先祭祀から葬送の自由へ(森謙二)

執筆者一覧
ーーー

 第一章は、著者が進めていらっしゃる「経営人類学」の成果の一端を紹介します。民俗学とサラリーマンは縁遠いイメージをもっていましたが、著者はむしろ、「『会社人間』に代表されるサラリーマンの研究はいまや日本民俗学の緊急課題のひとつではないか」と言います。
 本章には、会社の神社・社葬といった「掟」の考察と、サラリーマン川柳の分析によるサラリーマンやその周辺の心性・社会的状況の考察という、二つの柱があるように思うのですが、いずれも興味深いです。

 第二章は、「うわさ話」「世間話」をテーマに共同体の性格を検討します。「世間」とは何か、というのが、大きな問題提起のように思いました。また、「うわさ話」や「世間」の形成にインターネットでのコミュニケーションが果たす役割にも言及・問題提起があり、こちらも興味深く読みました。

 第三章は、「昔」は恋愛結婚はほとんどなく、「お見合い」が主流、「今」は恋愛結婚が主流―という「常識」を覆す事例の紹介から始まります。たとえば八丈島では、恋愛結婚が基本だったというのですね。そして、そこでは、結婚しても、女性はしばらく実家にとどまり、男性は女性のもとへ訪れる(「妻問い」)のが基本的な形だったといいます。「妻問い」という形式をもつ恋愛結婚がなぜ主流だったのか、その理由を探ります。
 また、日本では結婚相手を同じ共同体の内部に、韓国では共同体の外に求めるという対比が行われていて、面白かったです。日本では、同じ大学(研究室)、サークル、会社で知り合った相手と結婚することがよくあります。ところが、これは韓国の学生の場合ですが、お付き合いの相手は違う大学というのがほとんどなのだそうです。

 第四章は、こんにち、女性が多様な生き方を選べるようになってきた―といわれますが、実際には社会的境遇によって、選べる道も限られてくる、という指摘をしています。また、戦前の「家の嫁」としての主婦から「近代主婦」、「現代主婦」へという主婦の性格の変化を指摘する部分も興味深いです。
 本章では、女性による民俗学研究のあり方を問い直す!という熱い主張が印象的です。たとえば、「女性民俗学研究会」という研究会があるそうです。その会誌は、「自らの女性としての体験、たとえば母や姑の立場に立っての経験や、出産・育児の体験を文章化して残しておこうということに力点を置いた報告が多い」ということですが、この点を著者は厳しく批判します。女性としての体験を残しておくことはそれはそれで重要だけれど、多様な女性の生き方を丹念に研究するような、開かれた視点が必要だ、というのですね。
 とても熱い論調だったので、とても印象に残ります。

 第五章は、「死」をテーマに据えることで、本書のタイトルでもある「覚悟と生き方」を考察します。たとえば、遺骨や遺体の扱いやそれらへの感情について、日本人と外国人のあり方を比較したり、あるいは日本人が死に場所にこだわるということを考察していきます。富士山麓の樹海など、日本には「自殺の名所」がありますが、諸外国ではほとんど見られない(あっても、死者数は日本が抜群に多い)のはなぜなのか、といったところから論が始まり、興味を惹きつけられます。

 …と、今回はなんだか中途半端な紹介になってしまいましたが、いずれの章もコラムも興味深く読みました。
 そして本書で、「民俗学の冒険」シリーズ全4冊を読了(厳密には数年ぶりの再読)できました。良い読書体験でした。

(2009/11/17読了)



Last updated 2009.11.21 07:26:47
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2009.11.18

  高田崇史『QED 出雲神伝説』  (2) 
[ 本の感想(た行の作家) ]  


高田崇史『QED 出雲神伝説』
〜講談社ノベルス、2009年〜

 QEDシリーズ最新作です。しばらくカンナシリーズが続いていたので、嬉しいですね(カンナシリーズも面白いですけれど)。
 簡単に内容紹介と感想を。

ーーー
 奈良のリゾートマンション「八雲」で、奇妙な事件が起こった。
 マンションの一室で、その部屋の借り主(野川)と交際していた八刀良子が、首を切られて殺されていた。ところが、現場は密室状況だったにもかかわらず、部屋の中には、良子以外の人物はいなかった。そして壁に残された奇妙な紋様―。
 同じ紋様が、一週間前のひき逃げ事件の現場にも残されていた。警部の雉岡は、事件につながりがあるとみて捜査を進めていく。その中で、関係者たちが、「出雲神流」について調べているという共通点が浮かび上がってくる。
   *
 棚旗奈々は、学会の旅行で京都を訪れることになった。そのことを聞いた小松崎は、さっそく桑原崇にも連絡をとり、日程を整える。小松崎は奈良で起こった事件を追っていたが、そこにからんでくるのが出雲の謎。そして今回の崇は、出雲の謎だけでなく、事件にも強い関心を示すのだった。
ーーー

 今回は、「出雲神流」という、伝説の忍びの一族もからんできます。忍び、です。
(以下反転)カンナシリーズの最新作『カンナ 奥州の覇者』で、崇さんと奈々さんらしき二人が登場しますが、おそらく本作で訪れたときのことと思われます(読み返して、季節の確認などはしていませんが…)。こうしてはっきり両シリーズがリンクしてきたとなると、今後もなにか用意されていそうで、わくわくしますね(ここまで)。
 事件の方もですが、やはり歴史上の謎の解明を興味深く読みました。そしてシリーズを通して、当時の朝廷がいかに姑息なことをしていたか、ということを感じて残念な気持ちになります。国を統一する中では、そうした手段もやむをえなかったかもしれませんが…。もっとも、私はじっくり日本史を勉強しているわけではなく、あくまで高田さんのシリーズを通じてこのような理解にふれているだけですが、説得力は非常に強いと思います。
 目次を見れば分かることですが、本書には付録(?)として、短編「QED〜flumen〜出雲大遷宮」も収録されています。こちらは、歴史上の謎もさることながら、崇さんと小松崎さんの素敵な関係に胸をうたれる物語でした。

(2009/11/15読了)



Last updated 2009.11.18 06:56:31
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2009.11.17

  松尾由美『雨恋』  (4) 
[ 本の感想(ま行の作家) ]  


松尾由美『雨恋』
〜新潮文庫、2007年〜

 自分を殺したのは誰なのか―そう考え続ける幽霊と、彼女と出会った男性の、恋愛物語にしてしっかりした謎解きもある、不思議な味わいの、そして素敵な長編小説です。
 まず、タイトルから素敵です。そして、日置由美子さんによる表紙絵も。そして、そこからわき起こる内容への期待も裏切らない、素敵な物語です。
 前置きが長くなりましたが、いつものように内容紹介と、あらためて感想を。

ーーー
 アメリカへ行くことになった叔母が、マンションをそのままにしておくのも惜しんでいた。そしてぼく―沼野渉は、アパートで起こった事件(?)のために引っ越ししたいと考えていたので、二人の利害は一致、ぼくは叔母のマンションを格安で借りることになった。シロとトラ、二匹の猫の世話をするという条件付きで…。
 しばらく生活していると、雨の日に、猫たちの様子がおかしいことに気付く。そして、確かに聞こえた人間の笑い声。そして、ぼくはこのマンションから3年間離れられずにいる、幽霊の小田切千波と出会った。
 千波の姿は見えなかったが、彼女と会話をすることはできた。彼女は、ここに幽霊としてとどまっている理由を教えてくれる。
 3年前、有名画家、守山に留守番を頼まれ、そのマンションで暮らすようになったこと。守山は女ぐせの悪さでも有名だが、彼とは決してそんな関係になったことはないということ。そして、ある出来事をきっかけに、自殺を考えるようになり、サイトを通じて、青酸カリを入手して自殺を試みたこと。その直前になって、自殺を思いとどまったこと。ところが、何者かが廊下から彼女の様子を見ていて、青酸カリの入ったシャンパンを飲ませたこと…。
 彼女は、自分を殺したのが誰なのか、ずっと気にかかっているという。そしてぼくは、千波のために、犯人が誰なのか明らかにしようと約束する。はじめは、幽霊に満足してもらい、部屋から出ていってほしかったから。ところが、いろんな出来事が明らかになるたびに、彼女の姿が次第に見えるようになっていき、ぼくが千波に抱く感情は少しずつ変わっていく…。
ーーー

 千波さんも、守山さんも、悲しい過去を背負っています。渉さんの一人称を通じて読むからでしょうか、その二人のその後のあり方はずいぶん対照的に思えますが…。
 まず、千波さんの死の周辺にあるいくつもの謎が、とても興味深いです。上司の不正、守山さんの交際相手、守山さんの妻からたびたび届く手紙と、封筒に書かれている謎の数字。それらが、徐々に明らかにされていく過程も面白いです。 …が、だからこそ、最後の謎解きのシーンに急いで入ろうとは思えませんでした。謎解き重視の物語なら、真相解明シーンもわくわくしながらどんどん読み進めるわけですが、この物語は、それだけではありませんから。渉さんが、心のどこかで予感していた事態が起こるのを、いそいで読もうとはなかなか思えなかったのです。
 冒頭にも書きましたが、とても素敵な物語でした。

(2009/11/14読了)



Last updated 2009.11.17 06:52:08
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2009.11.16

  常光徹編『妖怪変化―民俗学の冒険3―』  (2) 
[ 教養・学術書(西洋史以外) ]  

妖怪変化
常光徹編『妖怪変化―民俗学の冒険3―』
〜ちくま新書、1999年〜

 日本民俗学会50周年記念事業出版「民俗学の冒険」シリーズの第3巻です。
 本書は以下に掲げるとおり二部構成になっていて、本書をタイトルを踏まえるならば、第1部が「妖怪」、第二部が「変化」に重点を置いています。全6章に加えて6つのコラム、どれも興味深く読みました。
 本書の構成は以下のとおりです。

ーーー
はじめに

プロローグ 化ける民俗の諸相(常光徹)

第一部 妖怪と現代の怪異
 第一章 股のぞきと狐の窓―妖怪の正体を見る方法(常光徹)
 コラム1 仮面と来訪神(赤嶺政信)
 第二章 妖怪と怪獣(斎藤純)
 コラム2 化粧と美人(高橋典子)
 第三章 現代都市の怪異―恐怖の増殖(宮田登)
 コラム3 女装と男装(性的倒錯)(野沢謙治)
第二部 「化ける」という幻想と現実
 第四章 町が化ける―まちづくりのなかの民俗文化(川森博司)
 コラム4 「日本人種改良論」(小熊英二)
 第五章 名前と変化(植野弘子)
 コラム5 外国人と異人(原尻英樹)
 第六章 人の一生(岩田重則)
 コラム6 「成人式」の誕生(田村和彦)

執筆者一覧
ーーー

 第一章は、タイトルとおり、股のぞき(天橋立で有名ですね)や指を組んでその隙間から見るといった方法で、妖怪(怪異)の正体を見ることができる、という民俗がテーマになっています。異界、あるいはタブーといった領域については、「境界」がひとつのキーワードになると思うのですが、股のぞきにせよ狐の窓にせよ、それらは境界をあいまいにする(あるいは境界に立った)見方、ということになります。たとえば股のぞきは、背中を向けているのに、上半身は背中側を見ている、前と後ろの境界があいまいな姿勢ということになります。
 本章で興味深かったのは、狐に化かされたら眉につばをぬればよい、という俗信です。恥ずかしながら、「眉唾」の起源はこれか!とあらためて勉強になりました。

 第二章は、近世からの「妖怪」と、大正・昭和以降の「怪獣」の性格の変化、あるいはそれらの共通点を、広い時間的スパンで論じた興味深い論考です。妖怪について言及のある史料の紹介なども、とても面白く読むことができました。

 第三章は、鈴木光司『リング』などの分析を通じて、都市での呪術の流行の意味を探る試みになっています。興味深いのですが、本章は特に分量的に短くて、ちょっと物足りない感じもありました。たとえば、「幸福の手紙」(私が子供の頃は「不幸の手紙」と言われていましたが)など、いくつか言及はあるものの、もっと都市伝説の事例紹介やその分析があっても面白かっただろうな、と思ったり…。もっとも、本章は副題にもあるように「恐怖の増殖」がテーマですから、個々の都市伝説、あるいは複数の都市伝説の調査・分類・意味づけは、また別の問題ということになるのでしょう。

 第四章は、副題にもあるとおり「まちづくり」を民俗学の観点から分析する、興味深い論考です。
 柳田国男『遠野物語』(私は未読ですが…)で有名な遠野では、現在(少なくとも本書刊行当時)、信号機の上にザシキワラシがいたりと、公共物(施設)にいろんな妖怪が飾られているそうです。しかしそれは、本来の民俗(伝承)から解離した、キャラクター的な妖怪たちです。そしてこのことは、違和感を生じさせます。「河童やザシキワラシの世界を期待しているにしても、駅前のロータリーや交番は、それがあるべき場所ではない。交番が河童の顔の形であったり、ザシキワラシが信号機の上にあらねばならぬ必然性がいささかも感じられない点に、おそらくわれわれは違和感を感じるのであろう」と著者は述べています。
 著者は、このようなふるさとイメージのあり方を、地方と中央の関係の分析を通して説明します。一方、地方がその地方の民俗を守っていく試みにも重点をおいて、いくつかを紹介しています。
 以下はちょっと雑談ですが、岡山は桃太郎ときびだんごの土地ということで、岡山市のマンホールには桃太郎が描かれています(そしてそのマンホールを踏めるかどうかで岡山県民度が測られるという、踏み絵の性格があるとかないとか…)。これなどもまさに、マンホールに桃太郎が描かれる必然性がないという、上に書いたような事例ですね。

 第五章も、名前をテーマにした興味深い論考です。はじめに、以前物議をかもした「悪魔ちゃん」の話題にふれて、名前のもつ性格・意味を論じていきます。日本に限らず、満族やイヌイットにも言及があり、民俗学にして民族学ともいえる論考となっています。
 また、名前が一人につき姓(名字)と名の二つのみ、というのはあくまで明治になって制定された慣行です。国が国民を管理しやすいようにと…。なのではじめて名字をもてることになった人々は、最初はぴんとこなかったでしょうし、実際そんな事例も紹介されています。ところが今では、名字+名というこの名前が当たり前になっている…。心性の歴史の面白いテーマかもしれませんね。
 ちょっと思ったのですが、いわゆる「イエ」の意識は、一般の人々まで名字をもつことができるようになった以前と、その後とでは、その性格に変化があるのでしょうか?

 第六章は、若者たちが、男性は若者組織、女性は娘組織に属する…という、従来の民俗学の図式に当てはまる人々は、実際にはそう多くなかったのではないか、ということを明らかにします。こういった組織には長男・長女が一般に入りますが、その前提として、次男・次女以降は、その共同体の外に出て行く場合が多かった、というのですね。 若者たちの出稼ぎ(場合によっては身売り)から、ムラ(共同体)がもつ排除の論理を指摘し、民俗のレベルでは多様な生き方があったことを示すとともに、単線的な生き方を保証された国民にもまた、「排除の論理」(おちこぼれなど…)が生まれていることを指摘する、興味深い論考となっています。

 6つのコラムも面白いです。

 初読のときは、妖怪話に関心を強くおいたように思うのですが、今回は、むしろ第二部の方を興味深く読みました。

(2009/11/11読了)



Last updated 2009.11.16 06:53:02
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2009.11.08

  松崎憲三編『人生の装飾法―民俗学の冒険2―』 
[ 教養・学術書(西洋史以外) ]  

人生の装飾法
松崎憲三編『人生の装飾法―民俗学の冒険2―』
〜ちくま新書、1999年〜

 日本民俗学会50周年記念事業出版「民俗学の冒険」シリーズの第2巻です。本巻は「装飾」をテーマに、人体の装飾から踊り、さらには街の景観や、書名どおりの「人生の装飾」などを扱った、興味深い1冊となっています。
 本書の構成は以下のとおりです。

ーーー
はじめに

プロローグ 自己異化と自己同化のはざまで

第一部 儀式と装飾
 第一章 お色直しと生まれ変わり
 コラム1 衣服と感覚
 第二章 葬儀と祭壇
第二部 身なりと身ぶり
 第三章 消えたアクセサリー
 コラム2 服を「キメル」と「着崩す」
 コラム3 流行りと仕来り
 第四章 民踊と女性―身体化される「民主主義」
 コラム4 祭と熱狂
 コラム5 見得を切る
第三部 街角と人生
 第五章 街の飾りと季節感
 第六章 人生を彩る―広告コピーに見る日本人の生涯設計
 コラム6 痩身願望

執筆者一覧
ーーー

 第一章は、花嫁のお色直し、あるいは成年儀礼のの読解から、白がもつ生まれ変わりの象徴としての意味を指摘します。各地の儀礼に言及されていて、まさに民俗学といった論考となっています。

 第二章は、葬儀で重視されるのが棺から祭壇に変わっていくこと、それに伴って葬儀が「死者の旅立ち」を象徴するものから「他界への再生」を象徴するものへと性格を変えていくことを指摘します。○○学と○○学をあえて仕切り分けてしまうのは無意味だと思いますが、歴史的な流れの中での葬儀の意味の変化を辿っているという意味で、歴史学の論文を読んでいるような感覚で読み進めました。
 第三章も、日本人の身体装飾について、長いスパンでその変化を読み解く論考となっています。大きな流れは、 (1)装身具の華やかな時代:旧石器時代〜古墳時代
(2)装身具の消えた時代:飛鳥時代〜江戸時代
(3)欧米風の装飾の時代:明治以降
 ということになります。(2)では、お歯黒や眉剃りといった、装身具を付けるわけではない装飾はあったことを示し、同時にそれらの意味も分析します。そしてそういった風習が(3)の時代になると「野蛮」なものとして退けられ、欧米風の装飾を日本人が求めるようになっていく過程を描きます。短い論考ながら、日本人の装飾の歴史がおおまかにつかめる興味深い一編です。

 第四章は、民踊(レクリエーション)が広まっていく過程を分析して、が、戦前の「封建主義」「全体主義」「暗いイメージ」に対して、戦後の「民主主義」「明るいイメージ」によって育まれるという、政治的な言説があったということ、つまりレクリエーションが誕生した頃の、その政治的な意味合いを指摘します。本章も、戦前から戦後に移った後に広まっていく民踊(レクリエーション)の歴史的・社会的意味を明らかにしていて、興味深いです。

 第3部の2章は、いずれも私には斬新な試みで―民俗学という言葉のイメージからは想像できないテーマで―、面白かったです。
 第五章は、タイトルどおり街の景観を分析の対象とします。「自然」に乏しい都市で人々が季節を感じるきっかけや、デパートのディスプレイに飾られる商品が季節の先取りをしていることなどを調査しています。

 第六章は、1992年12月から1993年1月に新聞、電車内、駅に掲載された広告を資料として、そこから日本人の人生設計を読み解くという試みです。著者自身も断っているとおり、著者自身の価値観・主観をあえて排除しない分析方法をとっていますが、それでも、日本人の「人生の装飾」が、「旅」をキーワードに読み解くことができるという結論を導き出す過程は読んでいてわくわくしました。

 以上、主な章を見てきましたが、6つのコラムも面白いです。いくつか、特に印象的だったコラムについて書いておきます。
 コラム2は、(もう古いかもしれませんが本書の刊行時期をふまえて)ルーズソックスといった女子高生たちの「流行り」を取り上げ、このような「着崩し」(そういえば私が中学生・高校生の頃にも、自由の意味をはき違えて自分が何を着ようが自由だとおっしゃっていた同級生たちがいましたっけ)が、結局は自分の「自由」ではなくて、他者と同じような行動を求めているという点を的確に指摘しています。 やや関連しますが、コラム3は、流行りも仕来り(=今までして来たこと)も、決して合理的な行動ではない。逆に、合理的ではない行動をとる理由が、流行りや仕来りである(流行っているから、仕来りだから)ということを指摘して、一見対立関係にありそうな流行りと仕来りが実は似た性格のものだということを明らかにしています。
 コラム6は、ダイエットなどの「身体加工」、世間で「美しい」とされている外観を得ようとする行いが、比較的新しい現象であることを説き、またそうした「身体加工」の行きすぎに警鐘を鳴らします。ミシェル・フーコーの著作を引用して、たとえば古代ギリシャでは身体と心を別個にして、身体のみを美しくしようという考え方はなかったということを示します。逆に、「現代の「身体加工」に欠けているのは、こうした心あるいは魂への配慮であり、心と身体の抜き差しならぬ相互関係に繊細な注意を向ける身体観ではないだろうか」と、問題提起をしています。
 これは雑感ですが、たとえば、綺麗なアクセサリーやブランドもので身を飾ったその「人」は、「美しい」ですか?

   *   *   *

 本書―特に第一章から第四章までを読んでいて、あらためて、「身体の歴史」にも関心を強めました。ジャック・ル・ゴフがまさに『中世の身体』(邦題)という著書を刊行していますが、関連して、それこそフーコーやコルバンも読んでみたいと思います。…いつになるか分かりませんが…。
 なにはともあれ、有意義な読書体験でした。

(2009/11/05読了)



Last updated 2009.11.08 08:38:30
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2009.11.05

  輪渡颯介『百物語―浪人左門あやかし指南』 
[ 本の感想(や・ら・わ行の作家) ]  


輪渡颯介『百物語―浪人左門あやかし指南』
〜講談社ノベルス、2008年〜

 デビュー作『堀割で笑う女』に続く、浪人左門あやかし指南シリーズの第2作です。
 それでは、内容紹介と感想を。

ーーー
 事情があり、国許から再び江戸にやって来た苅谷甚十郎は、修業先の谷口庄兵衛の道場に向かう前に、兄弟子の辻村鉄之助のもとを訪ねた。…が、それが間違いのもとだった。辻村は、自分のかわりに、百物語怪談会に出席してほしいという。剣の腕のたつ甚十郎だが、その怪談嫌い&恐がりは有名なことなのに…。
 辻村は、まずは怪異話の大好きな平松左門に代理をお願いしたというが、平松は断った。そこで、江戸に出てくることになっていた甚十郎を推したというが…。
 辻村は、左門が断ったこと、そして怪談会自体がどこか怪しく、何事かが起こるのではないかと心配していた。そこで、腕のたつ甚十郎にお願いしたいというのだった。
 結局、承諾した甚十郎。恐がりは会に出席していた皆にばれてしまうが、しかし、たしかに事件も起こってしまうのだった。
 一方、左門は十年前の道場破り事件にまつわる関係者たちについて、調査を進めていた…。
ーーー

 怪談が大の苦手の甚十郎さんと、その師範代で無類の酒好き&怪談好きの左門さんが活躍するこのシリーズ、私は時代ものは読まず嫌いなのですが、文体も読みやすく、内容も楽しいです。
 本作は百物語がテーマということで、いくつかの怪談話のアンソロジーとしても楽しめます。そしてもちろん、それは物語の中で重要な意味を持っていて…。
 また本作は、構成も凝っています。
 楽しく読めた一冊です。

(2009/11/03読了)



Last updated 2009.11.05 06:44:40
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○ 翠香@偶然ですが今ちょうど高田さんの作品を読んでいま...
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