カテゴリ:本の感想(さ行の作家)
島田荘司『暗闇坂の人喰いの木』 ~講談社ノベルス~ 1984年、石岡和己が、まだ『占星術殺人事件』と『斜め屋敷の犯罪』しか発表しておらず、御手洗潔の名前がそれほど有名ではなかった頃。石岡本人に、女性から電話があった。彼女は彼の収入などを聞いてきて、石岡にはその意図が分からなかったのだが、ともかく彼女の元恋人が藤並卓であり、今度の事件の第一の被害者となる。 台風が過ぎたある朝、暗闇坂の下にあるおもちゃ屋の主人が、暗闇坂の上の方にある藤並家の洋館の屋根の上に、人間が座っているのを発見する。卓の死体だった。 目立った外傷はなく、警察は心不全ということで片付けようとしていたが、御手洗は不審な点を指摘し、事件に注目する。被害者の死亡推定時刻に、彼の母親が、藤並家敷地内に生える巨大な楠の下で、頭部を強く打って倒れていたこともわかる。 この楠には、様々な噂があった。枝にぶらさがるずたずたになった少女の死体。洞に耳をあてると、楠が食べた人々の声が聞こえ、死体も見つかるという。 卓の弟、譲は、死刑の歴史に深い興味を持つ男だった。石岡は、彼から残酷な死刑の事例を聞かされることになる。 戦後しばらく、藤並の敷地には、外国人のための学校があった。創立者は卓たちの父親、ジェイムス・ペイン。卓の死体が座っていた屋根には、もともとにわとりの像があった。その像も、事件を境に行方がわからなくなっていたのだが、この像は、羽を動かし、またそれと同時に、音楽を奏でる仕組みになっていた。ペインは非常に規則正しい生活をしており、毎日正午にこれを鳴らしていた。しかし御手洗は、ここにも暗号を見出す。 事件はさらに深まっていき、ペインの故郷、スコットランドにまで御手洗たちは向かうことになる。 …やっぱり島田荘司さんはすごいです。読んでいて震えそうになるところもありました。読むとこれだけすごいと思うのに、再読なのです。ほとんど覚えていませんでした。 先日紹介した『ハリウッド・サーティフィケイト』など、松崎レオナさんが、このシリーズで重要な人物となるのですが、彼女の初登場作品が本書です。第一印象は高慢な女性なのですが、次第に御手洗さんに対する接し方が変わっていきます。以後の作品のレオナさんを理解するには、本書の前提があるとよいでしょう。 本書には、図版付きで様々な死刑の様子が紹介されています。最初に読んだのがたしか高校生の頃で、そうした死刑の歴史をいろいろ調べてみたいと思ったものですが、なにぶん露骨なタイトルの本を買うのはまだためらいがありましたから…。ある種、そちら方面のネタとして、本書を重宝しておりました。単に好奇心が強いのもありますが、どうしてこうも人間の醜い一面に興味をもってしまうのか。本書の中にもありますが、そうしたものは、一種独特の魅力を持っているのでしょうか。公開処刑に多くの人々が集まった事例が紹介されていますが、それはやはりその時代、その社会、その文化が影響しているのであって、現在ではなかなか受け入れがたい…といいたいところですが、アングラなサイトが多々あるということも聞きますし、やはり人間をとらえるところがあるのでしょう。目をそむけたい一面ですが。 いつものように話があちこちいってしまいますが、本書の冒頭では、スコットランドでの事件が紹介されています。少女を愛し、つかまえ、殺し、ばらばらにする男。彼は死体をコンクリートの壁に埋め込むのですが、 10年後にその建物が調べられたとき、死体が発見されなかったという、御伽噺めいた物語。御伽噺めいた物語といえば、内容紹介でもふれた、楠による人喰い。こうした謎も、きれいに明かされます。1984年、卓さんたちが被害者となる事件も、ミステリとして非常に魅力的ですが、こうした御伽噺のような事件も解決されるのが、嬉しいです。 良い読書体験でした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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