カテゴリ:西洋史関連(日本語書籍)
ミシェル・パストゥロー(松村恵理/松村剛訳)『王を殺した豚 王が愛した象―歴史に名高い動物たち―』 (Michel Pastoureau, Les animaux celebres, Christine Bonneton editeur, 2001) ~筑摩書房、2003年~ 原著を直訳すれば、『有名な動物たち』ですね(私は原著未見)。邦訳書の副題に、原著タイトルが反映されていますね。 著者ミシェル・パストゥローについては、このブログでも邦訳書や論文を紹介していますが、もともと、古文書学校で学んでいて、そのときの卒業論文で中世の動物誌を扱った方です。たしか、紋章に現れる動物について、詳細な分析を行い、高く評価されたと、どこかで読んだ覚えがあります。 本書は、創世記あるいは先史時代から、現代までの「有名な動物たち」について、それぞれ3-8頁で簡単に紹介しています。全部で36章あります。 まえがきで著者自身が言うように、本書はがちがちの研究の合間の「息抜き」の性格もあるようです。その一方、これまでに発表してきた論文や、その他の研究による知見をベースにした、充実した内容にもなっています。本文自体に註は付されていないのですが、それぞれの章の末尾に参考文献が掲げられていて、さらなる研究の手掛かりになりますね。 先にふれたように、全36章全ての標題を掲げるのは大変なので、どんな章があるのか、興味深いところをピックアップしてみましょう。最初におかれているのは、「原罪の蛇」。その他、ラスコーの動物壁画、ミノタウロスなどが、先史~古代の動物としてあげられます。中世では、邦題にも使われている「王を殺した豚」、「カール大帝の象アブル・アバス」、ルナール狐、イングランドの豹、聖アントニウスの豚などが紹介されます(ここで書いている順番は、目次の順番にはしたがっていません)。 近い時代では、近年映画化もされた(私は観ていないのですが)「ジェヴォーダンの獣」、サン・セヴラン通りの(虐殺された)猫、ナポレオンの蜜蜂など。現代では、フランスのマンガ『タンタンの冒険』に登場する犬のミルーや、ミッキーとドナルド、テディベア、さらにはネッシーや、宇宙飛行犬ライカ、クローン羊ドリーなどが紹介されます。これだけでも、読み物として面白そうですよね。 それぞれの章は、二つの部分から構成されています。前半で、その動物に関わる事件、事実、伝説などを提示し、後半で、その文脈、係争点、問題点を提示します。 その中で、著者が一貫して強調しているのは、「想像界は常に現実の一部であること」、動物は「動物学の世界に属すのと同じくらい象徴の世界に属している」ということです。こうした研究態度のため、動物の象徴性に関する議論がしばしば行われています。 では、邦題にも登場する「王を殺した豚」について、少しふれておきます。 被害者は、ルイ6世の長男、フィリップ若王です。3歳で王国の統治に名目上協力、 12歳のときに王として聖別されました(当時の慣習として、父王の存命中に長子を王座に関与させていたのだそうです)。そんな彼が、2年後、激しく落馬して亡くなります。落馬の理由は、豚が馬の脚に飛び込んできて、馬を転ばせたからです。気の毒に、彼は何世紀ものあいだ、「豚に殺された国王フィリップ」と歴史書に書かれつづけたのだそうです。 19世紀末に編纂された浩瀚な歴史書にこのエピソードは収録されませんでしたが、それまでは、 19世紀中葉まで、あらゆる年代記やフランス史で語られていたそうです。 この事件が重大だったは、まず、フィリップが既に聖別された、「王」あるいは少なくとも「副王」であったこと。そして、落馬だけならまだしも、その原因が、不名誉な動物とされた豚にぶつかったことだということです。 12-14世紀の歴史書では、この死を、「恥ずべき死」「屈辱的な死」「哀れな死」などと、その不名誉な点を強調しているそうです。 当時、豚は、都市でうろちょろしていました。ゴミ掃除の役目を果たしたとのことですが、そのため、非常に身近で、またこの事件のように、事故を起こす可能性も大きかったようですね。 本書でネッシーもふれられていることは上に書きましたが、ネッシーがおもちゃだったことが判明したのはいつのことでしたか…。怪獣がネス湖に住んでいるかどうかはともかく、ネス湖周辺は、精霊や幽霊にまつわる話も多いそうです。 なお、ここで重要なのは、ネッシーという怪獣が実在するかどうかではなく、多くの人々がそれを見たとし、信じている(現在でいえば、いた?)ということです。そして、そうした人々や彼らの信念こそが、あらゆる考察の出発点となるべきだといいます。 ここでパストゥローが述べていることを、少し引用しておきます。「研究者がある社会を研究し、想像界に属することすべてを排除する ―科学の名の下に―としたら、彼は自分の調査と分析を不完全とすることになり、その社会を何も理解できないであろう」(249頁)。示唆的な指摘ですね。 なにはともあれ、読み物としてもとても楽しめる一冊です。 参考文献 ・Michel Pastoureau, Figures et Couleurs : Etude sur la symbolique et la sensibilite medievales, Paris, 1986 ・Michel Pastoureau, Couleurs, Images, Symboles. Etudes d'histoire et d'anthropologie, Paris, Le Leopard d'Or, 1989 ・Michel Pastoureau, Une histoire symbolique du Moyen Age occidental, Seuil, 2004 ・ロベール・ドロール(桃木暁子訳)『動物の歴史』みすず書房、1998年 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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