カテゴリ:西洋史関連(日本語書籍)
橋口倫介編『西洋中世のキリスト教と社会』
~刀水書房、1983年~ 十字軍研究で著名な橋口倫介先生(1921-2002)の還暦を記念して編まれた論文集です。もともと献呈論文集となる予定が、橋口先生の希望もあり、師弟共同事業となり、橋口先生が編集を務めることとなったそうです(編集委員あとがきより)。 橋口先生の著作で私の手元にあるのは次の2冊です。 ・橋口倫介『騎士団』近藤出版社、1971年 ・橋口倫介『十字軍-その非神話化-』岩波新書、1974年 さて、本書には、総論と19の個別論文が収録されています。構成は次のとおりです。 ーーー 総論―もう一つの中世史―(橋口倫介) 第I部 西ヨーロッパ<キリスト教共同体>の成立―5~11世紀― 第一章 聖アウグスティヌスとローマ帝国―『神国論』の歴史観と国家観―(出崎澄男) 第二章 聖画像破壊問題における東西教会の関係(松本茂男) 第三章 初期中世スペインにおける奴隷制―研究動向をめぐって―(関哲行) 第四章 レオン・カスティリア王国における<グレゴリウス改革>の史的位置づけ(北田よ志子) 第五章 ロレーヌ系修道院改革運動―グレゴリウス改革との関係について―(藤岡良江) 第II部 西ヨーロッパ文化の革新―12、3世紀― 第一章 <十二世紀ルネサンス>とシャルトル学派の自然学(熊倉庸介) 第二章 十二世紀ルネサンスとソールズベリのジョン(柴原大造) 第三章 ソールズベリのジョンの書簡集にみるベケット論争の一側面(渡辺愛子) 第四章 西欧中世における救済施設―施療院の系譜―(東丸恭子) 第五章 <最盛期>教皇権の理念と現実―インノケンティウス三世の対英政策に見る―(梅津尚志) 第六章 シャルル・ダンジューの地中海帝国(長谷川星舟) 第七章 聖ルイの十字軍―その心性史的考察― 第III部 中世から近代へ―14~16世紀― 第一章 フランス中世末期大学史研究と<聖職禄希望者名簿>(大嶋誠) 第二章 西南ドイツをめぐる中世末期の政治思想状況(広島準訓) 第三章 中世ヨーロッパの宗教運動における<狂信>と<不寛容>について―1349年の鞭打苦行運動に見られるもの―(藤川徹) 第四章 エラスムスと三言語学寮の設立(国府田武) 第五章 十六世紀スペイン異端審問の展開―モリスコ問題とカスティリャ異端審問―(宮前安子) 第六章 近代スペインの成立―その内圧と外圧―(小林一宏) 第七章 宗教改革史の展望(磯見辰典) 編集委員あとがき 橋口教授略歴・業績抄録 寄稿者略歴 ーーー 以下、興味深かった論考について簡単にメモしておきます。 副題がジャック・ル・ゴフ『もうひとつの中世のために』へのオマージュとなっている総論では、本書所収の各論文について簡潔にその意義を指摘しているだけでなく、中世という時代区分に関する考察(特に先行研究の整理)も含まれていて、とても興味深かったです。 第1部第2章は、ビザンツ皇帝による聖像破壊と、西方(ローマ教会)による聖像の使用の擁護(絵自体を礼拝することは許されないが、絵を通じて礼拝すべき者を知ることは特に無学な者たちにとって有用)という対立について論じます。単純に東方=聖像破壊、というイメージでしたが、本章では、東方での聖像破壊は(東部出身の)皇帝が推進していたこと、東方でも聖像を支持する立場の人々がいたことが明らかにされます。 第2部第1章は、シャルトルのティエリ『六日間の御業』という著作から、12世紀シャルトル学派の自然観を考察します。ティエリの著作に、自然学的合理思想が多く見られるのですが、具体例が面白いです。たとえば、水は熱せられ大気の上に上昇させられる。目に見える物体は、水か土の密度から生じるある密度を持っている。(……)熱によって上昇させられるのが、水の自然の性質であるから、大空に現れる目に見える物体は、すべて自ら生じたに違いない。よって、星も水からできているはず、という議論です(123頁)。もちろん、現代の知見からすればそれは誤りですが、天動説の時代と考えると、議論の筋道は合理的だと感じました。また、12世紀以降も象徴主義的な解釈が主流であり、自然学に基づく聖書解釈が涜神的と言われることもあったことを思えば、ティエリの解釈の自然学的合理性は際だつでしょう。 第2部第4章は、病院騎士団の病院や、レプラ患者のための施療院などの設立、歴史的発展、意義などを論じます。興味深いのは、パリの施療院の生活が紹介されていることです。そこは800人は収用できる大病院と考えられるそうです。毎年一度、全ての壁が消毒されたり、一部の布団は毛皮でできていたため、ノミなどの虫害を防ぐために毎年7月に多くの毛皮商が手入れに来るなど、衛生面に非常に配慮されていたことが分かります。また、「一般の農民がためらわずに食べていた伝染病で死んだ家畜の肉を料理に使用することを禁止するなど、施療院では医学的配慮がかなり徹底して行われていたように思われる」(171-172頁)ことも興味深いです。 第3部第1章では、「聖職禄希望者名簿」という史料の限界と意義が論じられていて、興味深いです。これは、大学(学部ごとなどの場合も)が、教皇庁に対して、教師やスタッフ、学生たちのうちで聖職禄を希望する者を名簿にして送ったという史料です。名簿からは、登録者の出身地(司教区)、所属修道院名(修道士の場合)、大学での役職などが分かります。そこで、大学構成者の地理的出自、あるグループ(貴族、修道士)が大学に所属する割合、大学間の人的交流など、従来は意識されてこなかった新しい領域が明らかになるであろう、というのですね。 わずかしか紹介できませんでしたが、全体的に興味深い論考が多く、本書を購入して良かったと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.05.16 13:10:05
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