高橋英光『言葉のしくみ―認知言語学のはなし―』
~北海道大学出版会、2010年~
言語学関係の本に初挑戦しました。
著者の高橋先生は北海道大学大学院文学研究科教授で、認知言語学や英語学を専門にされています(本書刊行当時)。
本書は、大学での講義をもとに、認知言語学について一般向けに分かりやすく紹介してくれる一冊です。
本書の構成は次のとおりです。
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はじめに
1章 言語についての神話
2章 記号を使う生物
3章 意味とはどこにあるのか
4章 「明けの明星」と「宵の明星」と「金星」
5章 カテゴリー
6章 メタファー
7章 メトニミーとシネクドキー
8章 動詞(だけ)の絵は描けない
9章 文は舞台である。主語、目的語は役者である。
10章 語順と文法
11章 談話の首尾一貫性
あとがき
参考文献
索引
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興味深かった点を中心にメモしておきます。
1章では、「日本語はむずかしい」「世界には文法のない言語がある」などの「神話」について、回答を示します。例示した後者については、正解は×。文法がないということは、語彙をどのように使っても「誤り」がない、ということになり、「麻美は優しい猫が好き」と言いたいときに「好きだ麻美猫優しい」と言っても通じることになります。文法のない言語はありえない、というのですね。ちなみに、世界には約6900の言語があるそうです。
2章では、言語は記号の一種であり、「語彙と文法」からなること、文法はある程度恣意的ですが、「子供たちが家に戻った」は良くても「子供が家に戻ったたち」はダメなように、「たち」は子供とくっついている必要があるという、ある程度の隣接性の原則があることなどが示されます。
3章は、伝統的な言語学に対して、意味とは心理現象であるという、認知言語学のアプローチからの知見を示します。
4章は、金星は宵の明星とも言いますが、宇宙空間でその星を「宵の明星」と表現するのはおかしい、つまりほぼ同じ対象を指すのに言い方ができるけれど、それはフレームによる必要がある、といいます。フレームとは、「ある言葉が依存する背景的知識構造」です。たとえば同じ時間を一日の始まりを見るか終わりと見るかで、「明日は0時から山に登る」と「今日は24時までバイトだ」と使い分ける、というのですね。
5章は、言葉の2つの機能(外面機能=他者とのコミュニケーション、内面機能=世界認識など)のうち、内面機能に関わるカテゴリー化に焦点をあてます。柴犬もチワワも「犬」とカテゴリーして認識する、ということです。人の認知機能は限られているので、多様なモノを分類する必要がある、といいます。一方、それは個々の個性を無視する認知作業でもあります。「人間という語彙のおかげで、わたちたちは個々の人を詳細に観察しないともいえる」というのですね。またカテゴリーには典型があり、たとえば「鳥」という言葉から連想しやすいスズメなどは典型、ダチョウは非典型的だといいます。
6章、7章では、比喩表現を扱います。ある認知領域から他の認知領域に意味を転移するのがメタファー(例:「芸術は爆発だ」。芸術は爆発ではないが、類似性がある。「芸術」と「爆発」は異なる認知領域にある。)、隣接に基づく意味の転移(やかんが沸いている)、部分から全体への意味の転移(頭を下げる=お辞儀する)、全体から部分への意味の転移(電話をとる=受話器をとる)の3つがメトニミー(換喩法)、上位概念から下位概念、または下位概念から上位概念への意味の転移(花見をする=桜を見る、ご飯を食べる=食事する)がシネクドキー(提喩法)です。
8章は名詞と動詞の定義、9章は主語と目的語についての分析です。9章では、「日本語はあらゆる場面で主語を省略できる」という誤解を指摘し、「復元不可能な項を省いてはならない」という大原則を指摘します。つまり、「言わないと分からないことは言わないといけない」は全ての言語にあてはまり、「言わなくても分かることは省略できる」は全ての言語にあてはまるわけではない、といいます。前者については、「誰がこんなこと考えたの?」に対して、主語を省略して「考えた」と答えると奇妙です。後者については、「好きだ」と言えば話者が相手を好きなのが分かりますが、英語では「Like」だけでは通じず、「I like you」と言わないといけない、ということです。なお、本書では「主語なし文は物事を曖昧にする日本人の国民性の表れ」という説を上記の説明から批判しますが、逆に、日本語という言語が、日本人の国民性に影響を与えているとはいえないのか、という点には触れられておらず、気になるところです。(もっとも、主語なし文が可能な韓国語と比較し、韓国の人々は曖昧さを好む人々ではないことが指摘されていますが。)
10章では、日本語のようなSOV型も、英語のようなSVO型も、世界の言語からいえば標準的な語順であること、それぞれの型により後置詞型か前置詞型になりやすい、といったことなどが指摘されます。
11章は、複数の文からなる「談話」に必要な首尾一貫性が指摘されます。無秩序な文の羅列は意味をなさない、というのですね。
以上、ごく簡単にメモしましたが、とても面白かったです。例も豊富で(単純に笑える例も多くありました)、分かりやすい文章で、ふだん馴染みのない分野ですが楽しく最後まで読めました。
良い読書体験でした。
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