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「自我肥大症の患者が増えている。他人のことはいっさい目に入らず、利己心の命ずるままに行動し、知り合い以外はみな風景というような目つきで街中を歩いている人々が多い。実に嘆かわしいことである」というような発言をよく耳にする。まあ、たしかに私自身そう感じることがないわけでもないし、以前にそれに近いことをこのブログに書いたことがあったかもしれない(よく覚えてないけど)。でもこういうあまりにもわかりやすすぎる話には少し警戒心をもったほうがいいのではないかという気がする。
たとえば、今、電車に乗っているとする。駅にとまり、座席に座っていた人が一人立ち上がって降りていく。その近くには杖をついたおばあさんが立っている。その空席目指して、就職活動中とおぼしきスーツを着た若い女性が突進してきて、どっこらしょっと腰をおろし、さっそく携帯メールを打ちはじめる。 「ったく」。 車内にいた数人が、彼女をにらみつける。彼女はまったく意に介さず、ひたすら親指を小刻みに動かし続ける。 よくある風景である。そして、冒頭に挙げたような感想をこころの中に浮かべ、慨嘆される方もいることだろう。「このあさましい利己心のかたまりめ」と呟きながら。 でも、考えてみると、利己心っていったいなんだろう。自分を利する心というが、基本的に人間はそれを原理として日々生活しているのではないだろうか。だからこそ、これだけの個体数の人間が地上に満ちあふれているのであり、そういう一般的な性質をもって、この公徳心に欠けるおねえさんを罵倒するのは、いささか妥当性に欠けるようにも思える。それによく考えてみると、彼女がほんとうの意味における自我や利己心をもっているかどうか、かなり疑問である。 もしも彼女が利己心のかたまりであり、とにかく自分の身をわずかに空いたシートのスペースに押し込むことで、その自我の拡大欲求を満足させているとしたら、彼女はなぜにっこりと笑わないのだろう。そういう行動をする人間はたいていの場合、むっつりとして、無表情で、実につまらなそうな顔をしている。それはむしろよろこびを奪われた人間の表情のように私には見える。 おのれを利することは人間として自然な欲求であり、それを満たすことには何らかの快感が伴うはずである。だが、彼らの表情からは満足感もよろこびも感じとることができない。これはなぜだろう。 もう一度彼らの顔をよく見てみよう。電車の優先席を眺めれば実験標本はいくらでも見つかるから、ちょっと観察してみてほしい。 彼らの顔から読みとれるのは、無知、鈍感、視野狭窄、客観的判断能力の低さ、他者に見られているという意識の低さ、だいたいそういうところだろうか。これらはすべて欠如態である。彼らは積極的に何か(自我拡張も含む)をしようとしているのではなく、何かが欠けているために、どうしていいかわからない。そういう状態に置かれているように見える。自我や利己心を満足させようという明確な意思も、またそれを実現する方法や手段も彼らは持ち合わせていない。その結果として満足感もよろこびも得ることができない。だからこそ、あんなにつまらなそうな顔をしているのだ。 第一、自分で自分に与えることのできる快楽などたかが知れているではないか。より大きな快楽や利益を受けようと思ったら、他者に働きかけ、他者からそれを与えてもらうしかない。そうではないだろうか。 自我を拡張し、利己心を満足させようと思うのならば、杖をついたおばあさんに席を譲ったほうがはるかに合理的である。そうすれば、おばあさんは軽く頭を下げて感謝してくれるだろうし、周囲の人たちも好意的な視線であなたを見るだろう。その時、あなたはどういう表情を浮かべるだろうか。まったくの仏頂面というのは、この場合むずかしそうだ。頬が少しゆるむ。少し照れくさい。でもけっして悪い気分ではない。ある種のよろこびのようなものも得られる。こちらの方が自我の満足度もはるかに高いのではないだろうか。 ほんとうのところ、席を譲ることが善行であるかどうかは誰にもわからない。ひょっとすると席を譲られた相手は年寄り扱いされたことで気分を害しているかもしれない。でもそんなことはどうでもいいのである。これはあくまでも自分のこころを利するための自己満足の行為なのだから。 じゃあ、彼らはなぜこういう行為を行わないのか。みすみす得られるはずのよろこびを味わうことなく、無愛想な顔をして席に座り込み、周囲の冷たい視線を浴びて、ますます不愉快になっていくのか。 それはやり方がわからないからである。自己満足を得るための方法を彼らは体得していないのである。「席を譲る」と一口にいっても、これはかなり文化的成熟を要する行為である。ただ立ち上がっただけでは「譲る」ことにはならない。それにふさわしい態度、表情、ことば、物腰がそこでは要求される。しかし、そのような光景を日常的に目にし、何度か自分でも反復練習してみないことには、それをスムーズに行動にうつすことはできない。 そんなことは自分で自然に学びとるべきものだ。そういわれるかもしれない。私もそう思う。でも、彼らが子どもの頃からそういう習慣を自然に身につけられるような環境をわれわれが用意できていたかといわれたら、そうだと言い切る自信はない。 たとえ個人的にこれまで何百回席を譲ってきたとしても、それで免責されるものでもないだろう。少なくとも礼儀を知らない若者を責めるのと同程度には、マナーの学習環境の整備を怠ってきた自分自身も責める必要があるように私は思う。 われわれが若者に教えるべきなのは、公徳心の大切さや他者へのおもいやりや弱者へのいたわりではない。そんな形のないあいまいなものを教えることなどできるわけがない。(少なくとも私にはできないし、それらを他人に教わったおぼえもない)それに公共の場におけるマナーが失われているから、公徳心を教えようというのは、順序が逆である。マナーというのは意味もわからず、機械的に反復する中で、公徳心を涵養するための文化的装置なのだから。 それに、若者たちが「譲る」ことをこれまでどこで教わってきたというのだろうか。学校?塾?アルバイト先?部活動?会社?あらゆる場所で彼らはむしろ「譲るな」と教え込まれてきたのではないか。これでは自然に席を譲ることができないのはむしろ当然のことのように思える。 私たちにできるのは、他人に何かを教えることではなく、自ら行うことだけである。自分の信じるマナーを公共の場で実践し、それによって自己満足を感じ、心地よさげに楽しそうに振る舞うことだけである。それを見て、一人くらいは「あ、あの人楽しそう」と思ってくれるかもしれない。そして、その快楽を追求すべく、同じマナーを模倣し、反復してくれるかもしれない。それで十分ではないだろうか。 でも皮肉なことに、今電車の中で心地よさげに、楽しそうに振る舞うことほどむずかしいことはないのである。なぜかって?だって、周りがみんな不快そうな顔してるんだもん。それ見てたらこっちも不快な顔になっちゃうし、そこでまた不快な顔がひとつ増えて……。うーん、この悪循環の出口はいったいどこにあるのだろうか。
悪循環の出口は、循環を止めたいと思う人達でがんばって作りましょう。
Mさんがおっしゃるように、自己満足を実践しつづけることしかないのでしょうけれどね。 私の感覚では、親切はわりに連鎖するように思います。 ビルの入り口の重いガラス扉を通るとき後ろから来る人のためにドアが閉まってしまわないよう押さえていてあげるとか、エレベーターのオープンボタンを押して走って来る人を待ってあげるとか、 前の人にやってもらうと自分も次の人の為に同じようにする人は結構居るような気がしています。 私が電車の中で重い荷物を網棚にのせようとしている時、脇にいる人がヒョイと荷物を押し上げてくれたり、スペースが足りなくて苦労していると隣の人が自分の荷物を詰めて場所を空けてくれたリ、 小さなことだけれど、うれしかった事は別の機会に誰かにしたくなります。 お年寄りに席を譲るのは当然として、若い人達にも親切にしちゃいます。 そうすると、「うっす・・」なんて感じで頭をさげてくれたりもします。 そういうの結構、可愛かったりして・・・ いつかどこかで、その彼や彼女は誰かに同じように親切するでしょう。 でもね、老若男女だめな人はダメなのでスルーしますがね。 (Mさん、もしかして埼京線?埼京線はわりに不快なので使うの止めました私)(2006.06.10 01:28:30)
acornさんへ
ちょっといじりすぎてよじれてしまった文章をすなおに解きほぐしていただいてありがとうございます。私も同感です。ガラス扉やエレベーターでのこちらの動作まで見抜かれてるみたいですね。これからもあきらめずに「ドア・ボーイ」「エレベーター・ガール」としてお互いにがんばりましょう。(「ボーイ」?「ガール」?)『PAY IT FORWARD』の精神で。 埼京線?うーん、ご明察。なんでわかっちゃうんだろうな。京浜東北線→(時々)宇都宮・高碕線→埼京線→総武線という複雑な通勤経路ですが、不快指数は埼京線がいちばん高いですね。そんな時はツバメの雛さんの絵でも思いだしてがまんしますわ、私。(2006.06.10 10:07:27)
身近な話題なのでコメントさせて頂きます。
優先席については、マナーの問題では無く、ルールだという認識をもってほしいですね。私はたまにやりますが、中年以下の健康そうな人が優先席に座っていて、ご老人や妊婦さんが立っているのを見ると「ここは優先席ですよ」と低い声で座っている方と目を合わせて真剣に言います。大体は通じます。これは私の「自我の拡張」でもあります。 逆に、その他の席では少々の事ではそうはしません。これはマナーの領域だからです。そして、自分自身が座っている場合には、何も言わずに席を立って別の車両に移動するようにしています。それが今のところもっとも洗練されたマナーだと思うからです。 また、車内での電車の中で他人を「風景」にするのは心理的な距離を超えて近寄ってくる他人にストレスを感じないためのひとつの工夫ではないでしょうか?特に、混んだ社内ではそうしないとやっていけない現実がありますよね。「心地よさげに、楽しそうに振る舞う」と痴漢と間違われそうです。あそこでは不愉快な顔が正しい表情ではないでしょうか。 他人に無関心という事の例でよく出る、車内での化粧ですが、これをしていた女性が外国人からお札をだされて「How much?」のような事を言われていたという投書を読みました。一部の国であれは売春婦のサインなのだそうです。これなどは実にオモシロイお話しです。その外国人がわざとやったら、なおオモシロイ。 ところで、私も埼京線を利用していますが、乗る時間帯と車両を選ばなければ、恐らく不愉快でしょうね。でもこれはどんな通勤電車でも同じだと思いますよ。 通勤電車で言えば、鉄道会社には電車の「定員」があるのですから、まずはこれをルールとしてしっかり守ってほしいと思います。実際、満員電車では身体の危険を感じる事がよくあるのですから。(これはある外国人からの投書によるもっともな意見からの引用でした。)(2006.06.10 19:05:28)
FADさんへ
コメントありがとうございます。トラックバックも拝見しましたが、ご苦労されてますね。私も比較的口で言うほうですが、FADさんほど徹底はしていません。でも、問題の本質は最後に書かれている通り、定員オーバーの異常事態に手を打たず、莫大な利益を上げている鉄道会社と、それを黙認している政治にあると思います。鉄道会社役員と全国会議員はとりあえず全員ラッシュ時の電車を利用することを義務づけるというのはどうでしょうか。満員電車だけは何十年乗っていても慣れないし、慣れたくもないというのが私の率直な気持ちです。(2006.06.10 20:34:01)
とあるイベント会場で、外国からきた方がポスターを掲示しようとしていて、立て看板をあげたときのことです。
「これどうぞ」という言葉が英語で思い浮かばなくて、結局、日本語のままで伝えました。これは英語の成績の問題だけではなくて、文化とか教育の問題なのだろうと漠然と感じました。(2006.07.06 20:11:18)
読んでいてとてもなぐさめられました。そういうことは自然にできても周りとギャップを感じた瞬間。「自分がかわいけりゃそれでいいのか?」みたいな気になったこともありました。でも読ませてもらって続けてきてよかったと思いました。そういった場面こそ快楽を求めていいと思います。だって今まで嬉しそうに「ありがとう」と言ってくれた人たちの気持ちとその笑顔を見て嬉しかった自分の気持ちは似た温かさだったと思います。座席に座れるとかいいことしたじゃなくて人のつながり人の温かさに感謝してたと思います。
たしかにみんな忙しいので電車の中で終始ニコニコはできないかもしれないけどこれからはちょっとこのことを思い出して笑顔になれそうです。 それとacornさんへの返信のところにあるツバメの雛さんの絵とは何ですか?簡単にでいいので教えてもらえたらうれしいです。(2010.02.16 12:25:17)
私は生物学が好きなのですが、とある評論家が「生物学なんて自我肥大に走ったものだ!」と述べていたので「???」さっそくググっていたら、このブログへ到着しましたので、コメント残していきます。
確かに生物学、特に神経科学を勉強すると、非常に自我が肥大するのがわかります(笑)感覚的に言えば、貴方の書いている文章が、単なるデタラメに感じてしまうのです。この感覚は、なかなか伝わらないものなのですが、人間の中身を理解すると、人間が言葉で表現しているものが、いかにいい加減なものなのか!といったこと、「この私」という認識が、いかに「私自身」とは異なるものなのかを実感させられるからです。 おそらくですが、私達がアイデンティティと呼んでいるものは「錯覚」に過ぎないものなのでしょう。生物学の世界では、この錯覚が、神経レベルでわかるようになってきていますが、この学問領域を学ぶと、飛び込んでくる日常的な言葉の解釈が、常にイライラしてしまうものです=自我の肥大w なかなか難しいですね(笑)まあ席を譲るとか、そういった日常の配慮とは全く別の問題ですけれどね。(2011.04.25 12:59:13) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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