798812 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

M17星雲の光と影

M17星雲の光と影

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Freepage List

2006.07.29
XML
カテゴリ:その他
とあるさびれた商店街の一角で、あるしけた店の店主の独り言。

「いやー、このところさっぱり客がきやしねー、どうにもこうにもしようがねーよ、ったく。近頃の客ときた日にはよー、そもそも商品を買おうって気がこれっぱかしもねーのよ、じっさい。ふらふらっと入ってくる客にしたって、入ってきた瞬間にはどうやってこの店出ていけばいいのかってことしか考えちゃいない。まったく情けない話よー。買う気力っていうのかな、商品を選ぶ以前にだね、まず今日は買うぞーって気力っていうの、やる気っていうのかなー、そういうものがまるで感じられないのね。これじゃー、こちとらやってらんねーよ。まったくやる気なくなっちゃう、これでこの先のニッポン、ほんとにだいじょうぶかね。心配になってくるよ、こちとら」

いかがであろうか。この独白をお聞きになった感想は。え、なんですって。とんでもない話だって、そうあなたはおっしゃるんですか。

「あんたねー、勘違いもはなはだしいとはあんたのことだよ。そもそも客に買う気がないんじゃなくって、あんたんとこの商品にこれっぱかしも魅力がないから、客がそっぽむいて、見向きもしないわけでしょー。それをなんですか、客の買う気がそもそもないって話にすりかえるとは、まったくもってとんでもない話ですよ。そんな愚痴垂れる前に、まずは自分とこの商品の品揃えと陳列の仕方、それから接客技術と広報活動、それらを徹底的にチェックするほうが先決ですよ。いまどき、こんなに意識の低い経営者はほんと、ひさしぶりに見たよなー、あんた、ある意味では貴重品ですよ。そんなことでよく今まで飢え死にせずに生きてこれたもんだ、感心しますよ、実際」

なかなか的確な評言です。私もそう思います。これがもしもさびれた商店街の店主の話だとしたら、私もまったく同じことを言うでしょう。でもですね、これがまったく違う職種の話だとしたら、いったいどういうことになるでしょう。

「まったく最近の生徒ときたら、ほとんど話にならない。授業中の態度を見ていても、まずのっけから無気力でやる気が感じられない。教え方云々の前にまず学ぶ意欲というか、学習して知識を身につけようという主体性に欠けている生徒が圧倒的に増えました。学ぶ気力どころか生きる気力そのものが欠落しているような生徒ばかり。これではいくら私たちが研鑽に研鑽を重ねて授業スキルを高めてもほとんど意味ないですよ。こんな学ぶ意欲そのものを喪失した人間ばかりが世間に増殖する世の中で、はたしてニッポンはこれから先どうなっていくんでしょーねー、私はもう心配で、心配で。」

ある県の教育委員会から請われて高校の入試研修会に呼ばれた。進学校の先生方が十何人ずらりと席を並べて謹聴される中、私は講師を仰せつかって生徒指導の実際について小一時間の講演をし、その後、質疑応答を受けた。今挙げたのは、その席でさる高名な高等学校教育機関の顧問の方がいわれたコメントである。周りの先生方はこの話を聞いて深く頷いておられた。「おいおい、それって、教える方のコンテンツが貧困で味わいに乏しく創意に欠けているから、生徒が見向きもしないって話しじゃないのー、顔洗って、自分たちの授業の質を高めるのが先決なんじゃないのー」という話は誰一人としてしなかった。おそらくそれは私の胸の中のつぶやきとしてしか存在しなかったのである。

でもみなさん、どう思われます?さびれた商店街の店主の話と、この話って、そっくりだと思われませんか。学力低下、生きる意欲の低下、学びからの逃走。その原因はいったいどこにあるのか。これはそういう話につながるのです。

学びを教えることはむずかしい。たしかにそうです。学びとは本来教えられるものではない。私はそう思います。学びとはある意味では伝染病のようなものです。教えようとして教えられるものではないが、そんなこと考えなくても真に学んでいる者に接していれば、自然に感染してしまうもの、それが学びなのです。

だから学びを教えるためには資格も技術も経験も原則的には必要ないんです。一つだけそれに必要な資格があるとしたら、それは「自ら学ぶ姿勢をもっているか」ということに尽きます。いや、それは別に学術研究である必要はありません。パチンコでもいい、ばくちでもいい、音楽でも、絵でも、短歌でも、俳句でも、恋愛でも、盆栽でも、切手蒐集でも、映画鑑賞でも、能でも、歌舞伎でも、スポーツでもなんでもいいんです。とにかくひとつでも、自ら真剣に学び、身につけようという分野をもっていれば、それだけでその人は最低限、人に教えるための資質をもっていることになる、私はそう思います。

逆に何も学ぶものがない人、学びを行おうという意欲に欠けている人、そういう人は、生徒の学ぶ意欲を高めることはけっしてできません。できるわけがないじゃないですか。生徒の学ぶ意欲とは、現に学んでいる人間の至福の笑みを盗み見るところからしか湧いてこないものなのですから。

昨日私は五日連続の授業を終えました。今から半年前に事務の人間とこういう会話が交わされました。

「えっと、○○さん、去年やったこの授業なんですけどー」
「ああ、○大国語ね」
「そうなんですよ、○大国語。でも去年から○大さん、入試の筆記試験やめちゃって、帰国生は滞在国のスコアで判定することにしちゃったんですよね」
「そうだね、いままでの筆記試験もほとんど選抜には使わず、入学後の補習を受けさせるかどうかの判断にしか使っていなかったのは周知の事実だったけどね」
「そうなんですよ。それでですね。はっきりいうと、この授業を今後存続させる意味があるかどうかってご相談に今日は来たんですよ。予備校の常識としては、かんむり講座で大学名が載っている授業にはそこそこ人が来る。でもそのかんむりが外れれば生徒は半分以下に減る。そういわれますよね。」
「まあ、それが現実だね」
「でしょ。先生も授業以外の仕事をヤマほど抱えておられるわけだし、はたしてこの授業を存続させるべきかどうか、先生と相談してこいって責任者に言われて、私、来たんですよ」
「うーん、原則的には私はどっちでもいいよ。なくしてもかまわない。でも去年はおそらく40人くらいの生徒が来ていた。○大を受ける人間はその半分以下。そうだったよね」
「ええ、そうです。いっぱい来てましたよね、生徒。」
「オレはあそこでめちゃめちゃハードな授業やったんだ。必修ではとてもできないようなハードなやり方だけど、生徒が自発的に選ぶ選択授業ならそれが可能だと思ったんで」
「そうなんです。私もそれが気になっていたんですよ。生徒の声も聴いていましたし。じゃあ、どうでしょう、ハイレベル○○という授業名にして存続するというのは。」
「いや、それはありがたい話だけど、それでだいじょうぶなの」
「いや、うちの責任者も先生におまかせって感じだったんで、おっけーですよ」

その授業が昨日終わった。一週間前に確認した生徒の申込数15名。やっぱり予備校の常識ってのもバカにならないなー、というのが第一印象。でも15名は立派だ。ほんとなら午前中みっちり勉強して午後は帰りたくなって当然。その前の週に私が教えた40人あまりの生徒のうち15人もわざわざ選択してとってくれているのなら、光栄に感じなければならない。

そう思いながら、今週の月曜日の昼過ぎ、私は教室に入った。ドアを開ける前から教室内にはざわざわとざわめきが聞こえる。ドアを開けて教壇に立って驚いた。教室の最後列まで生徒が詰まっている。

「なんだー、これはー、なんで、こんなにいっぱいいるのー」

生徒は一様ににやにやと笑っている。私は目で端から数えていった。52名。そして、昨日、最終日にはなぜか55名に人数が増えていた。

最後の授業で小論文を書かせた。かなりの難問で時間内で書き上がった生徒はわずかに2、3名。終了2分前に私はマイクをとった。

「書いてる人間には雑音になってすまない。でもこれで五日間の授業が終わる。一言挨拶をさせてほしい」

私はそういって、先ほどの授業存続の経緯を簡潔に説明した。そして、これだけの人間にこの授業で出会えたことに対して、珍しく正面から感謝のことばを述べた。そして、その最後をこう締めくくった。

「私の好きな歌手にマーヴィン・ゲイという人がいる。彼には「PRIDE AND JOY」というヒット曲がある。恋人に対して君はオレの誇りであり、喜びだと切々と歌いあげるラブソングだ。だけど、英語の YOUは幸い複数の意味ももっている。」

「YOU ARE MY PRIDE AND JOY. 君たちは私の誇りであり、喜びだ。五日間つきあってくれてありがとう。」

口に出した瞬間、しまったと思った。顔から火が出るほど恥ずかしかった。あまりに疲れすぎていて抑制機能が麻痺していたみたいだ。書きかけの小論文からぬっと顔を上げた男子生徒が「なんすかー」という怪訝な顔をしてこちらを見ている。「かっこいいよー、先生」という好意的な女子の声が聞こえる。そのあと少しずつ拍手の輪が広がって、私の顔からはさらに火が噴き出すことになる。

PRIDE AND JOYーー私が恋人以外にこのことばを使ったのは生涯初めてのことである。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006.07.31 21:18:50
コメント(7) | コメントを書く


Calendar

Archives

・2024.06
・2024.05
・2024.04
・2024.03
・2024.02

Comments

和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

© Rakuten Group, Inc.