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千夜の本棚 ネット小説創作&紹介

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2012.11.27
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カテゴリ:本棚  ギレイ
ギレイ目次
<1>

「ここで何してたんだ?」

命を狙われた儀礼に、クリームが聞いた。

普通の者なら用のないこの場所に、儀礼を狙った仕掛けがあった。

「あそこに呼ばれて。仕事で来たんだ」

にっこりと儀礼は建物を指差す。そこは、管理局の中でも特に上部の者しか入れないはずの施設。

「ああ、お前上部だったな」

その建物を見つめ、思い出したようにクリームは頷く。

 そして、儀礼の笑顔を眺め、クリームはしばし無言になった。

「何が、あった」

疑問系でないクリームの問いかけ。

「僕の仕事」

口の端を上げたまま儀礼は答える。

その特別な建物を眺めて、儀礼は今度は真剣な表情を浮かべた。

滲むのはゼラードと同色の気配。ガーディアンに追われながら、鮮やかに遺跡を駆けた少年ではない。

 クリームは怒りを発した。儀礼がそれが苦手なことをクリームは十分に分かっていた。

儀礼はA級ガーディアンより黒獅子の怒気に怯える人間だ。

クリームが敵を倒し、恩を返し、少しでも近づけるかと思えばやはり儀礼に先回りされていて、この男はどこまで人を馬鹿にするのかと、クリームの中で儀礼に対する怒りはすぐに湧いてきた。

たちまち儀礼の目に涙が浮かぶ。

「言え」

クリームは儀礼の襟首を掴む。茶色いグラスを奪い、涙のにじむ目を見上げれば、倒れこむように儀礼が抱きつく。

それは、最初に儀礼がクリームに飛びついてきた時と同じ力。

会いたかった、儀礼はそう言った。あれは、助けを求める言葉だったらしい。


<2>

分かりづらい、とクリームは苦笑する。

「僕は人を殺してきた」

クリームの耳元に小さな声で、儀礼は言葉を紡ぎだす。

しかし、それは冒険者を続けていれば誰にだって起きるできごと。

そのうちに慣れてしまう者も多い。初めの一人は誰でも重いものだ。

 だが、儀礼の次の言葉から、儀礼の言う意味の違いを感じる。

「2万人」

震える声がそう伝える。

「僕はもう30万もの人の命を奪った」

震える儀礼の手が、クリームの背中でマントを握り締めるように掴んでいる。

「簡単なんだ。簡単すぎるんだ。人が死ぬのは……」

儀礼の目から涙がこぼれる。

「僕には実感がないっ。人を殺した実感が湧かない」

握り締める儀礼の腕に力が増す。

「僕はただ、あの人達の調査報告を聞いて、イエスと言うだけ。それだけで、僕のミサイルが発射されて、島一つ、町一つが壊されてく。調査にも犠牲がかかってるし、ミサイル以外の手段にも多くの犠牲が出る」

 儀礼はクリームから手を離すと、涙を堪えるように口を閉じ、その涙を袖で拭う。

「僕がイエスと言わなければもっと多くの人が死ぬ」

儀礼は顔を伏せて続ける。

「だから、僕はまた同じ武器を作るんだ。人を殺す兵器を。変わらないよ、僕は自分の身を汚さずに、何百万の人を殺す」

白い衣に身を包み、金の髪の少年は悲しそうに微笑む。

 ポン

と儀礼の頭にクリームが手を置いた。くしゃくしゃとその髪をなでる。

クリームの胸元で、透明な水晶が光っていた。それは遺跡の守護者を倒した勇者の証であると同時に、罪ある者への許しの光(しるし)。

「それで、何人の命を救ったんだ? その、2万の命と引き換えに」

クリームの顔は優しく微笑んでいる。それは紛れもなく、クリーム本人の笑顔。

「……8億」

また、涙を目に浮かせ、儀礼は桁違いの数字を口にする。

「それは何国分の人命だよ」

思わずクリームは笑う。


<3>

「でも、その2万の中に、クリームや、ワルツや獅子や家族がいたら? 僕は8億を殺すかもしれない。怖いんだ」

その、何国分もの人間を儀礼は見殺しにするかもしれない、とそう言う。たった数人のために。

 Sランク、世界を壊す力を持つ者。それは狙われる、とクリームは納得した。

世界を救うのが『勇者』。

クリームがここで倒した連中はその称号を欲した者と思われた。

「撃てよギレイ。もしその状況になったなら、そのミサイルとやら、撃て。そんなもの、あたしの砂神で砕いてやる」

にやりと、自信溢れる笑みでクリームは笑う。

『勇者』は強き者を倒すのではない。

それが儀礼の求める『砂神の勇者』ならば、儀礼を世界を壊す者にはさせないと、クリームは伝える。

「『勇者』は弱い者の味方だからな」

 儀礼の瞳が涙で揺れた。安堵したように。

「だからクリームは好きだ……」

しがみつくように、また儀礼はクリームに抱きついた。

「そういうことはもっと大人になったら言え」

溜息と共に、クリームは儀礼の頭を撫でる。

今のセリフは「お母さん好き、お父さん好き、お姉ちゃん好き、獅子好き、クリーム好き」。

絶対同系列だ、とクリームは確信する。同系列。家族と同格でクリームを認めると。

もう家族と呼べる者のないクリームにはそれはすごく温かかった。

 しかし、その温かいものを儀礼があちこちで振りまけば、どこかでトラブルを起こしそうだ、とクリームは苦い思いで笑う。

「お前はどこまで家族を増やすんだ?」

クリームの肩で儀礼が首を傾げる。クリームの言葉の意味が分からなかったらしい。

(本当に、罪な奴)

そう思いクリームは、はたと気付いた。『お前は、なかなか罪深いやつだな』クリームは儀礼にそう言った。

その瞬間に、儀礼は困惑したようにワルツを紹介した。

今思えば、それでクリームはワルツに注意を逸らされた。

結局、儀礼の異変に気付くのに遅れた。

核心を突かれて逃げ出すとは、お前は子供か、とクリームは儀礼に怒りを送る。余計な手間を食った、と。

 途端に儀礼がぴしりと固まった。苦手な怒気を送るクリームに抱きついたままで。

面白いものだ、と肩を揺らしてクリームは笑う。

この慣れない「友人」と言う存在を。

千夜 作2012年11月29日(木)ギレイ目次





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最終更新日  2012.12.06 20:08:00
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