カテゴリ:本棚 ギレイ
「シシと光の剣は凄いと思う。でもね、やっぱり、どうしてAランク……?」
納得いかないという表情で、少年はまたそのライセンスを眺める。 振ってみても、そのライセンスは『A』のままだ。 「やっぱり、可愛いっ。」「ちょっと誘ってみない?」「声掛けてみようか。」 「クッキーあるよ、クッキー。姉が焼いたの。食べるかな?」 そわそわと、酒場の女性たちが動き出した。 相変わらず、空気の音しかしない会話だが。餌付けでも、するつもりのようだ。 「白、そろそろ戻るぞ。儀礼の奴、あんま放っとくと、ろくな事しないからな。」 溜息を吐き、『黒獅子』が壁から離れ、少年を呼びに来た。 睨み付けた黒獅子に対し、女性たちはむしろ喜んで手を振っていた。 「ギレイ君、何するの?」 ライセンスから目を上げて、少年は黒獅子を見上げた。 「部屋壊す。」 迷わず、黒獅子は答えた。さすが『蜃気楼(しんきろう)』。 何がさすがかは男にも分からない。 だが、噂のまとまらない蜃気楼に対し、共にいる黒獅子の言葉だけに信憑性がある。 「……うん。帰ろうか。」 青い瞳を開いたまま固まらせて、小さな少年は大きく頷いた。 この少年も納得できるだけの何かが、やはり、蜃気楼にはあるらしい。 『蜃気楼は部屋を壊す』 どうでもいい情報のような気もするが、その「方法」が、世界中の研究機関の欲しがるものなのだろう。 『日常的に部屋を壊す蜃気楼』。 暴れるのだろうか、いや、冒険者としては蜃気楼はDランクだ。 一般成人男性程度の力では大した破壊活動はできまい。 なら、やはり研究者の得意技、爆発でもさせるのだろうか。 それとも、部屋中を改造して砦にでもしてしまうのだろうか。 「それじゃ、ありがとうございました。」 くだらない想像をしていた男に、意外にも、丁寧に頭を下げて黒獅子が礼を言った。 真っ直ぐに合った黒い目は、少年のライセンス試験の間に、男が酒場の奥のがらの悪い連中を黙らせておいたことに、気付いていたと言っている。 この二人がギルドに入ってきたとたん、その連中は酒の肴が来たとばかりに囃し立てた。 喜び勇んで入って来た世間知らずの若造に、現実を教え、叩きのめすのは、どこのギルドでもよくあることで、中級の冒険者にとっては、その話が立派な武勇になるのだから困る。 『黒獅子』と気付かずに挑んだ者と、その末路は医務室に行けばわかる。 治療をするはずの魔法使いは、そこの酒場でクッキーの袋を抱えているので、まだ放置されているはずだ。 「あ。ありがとうございました。」 慌てたように、小さな少年がぺこりと頭を下げた。 「何回も聞いて、すみませんでした。全部、親切に答えてくれてありがとうございます。でも本当にこれ……。」 高く通る声で言いながら、少年はまた不思議そうに青い瞳をパーティライセンスへと向ける。 無防備とも、無邪気とも取れる態度。これで立ち姿に隙がないのだから、不思議で仕方がない。 男がこの少年との長いやりとりに飽きなかった理由でもある。 くすくすと奥の酒場から声が上がる。そろそろ本当に連れ去られてしまいそうだ。 「気にしなくていい。俺の仕事だからな。そのライセンスは本物だから、失くさないように十分気をつけるんだよ。」 男が言えば、少年はハッとしたように頷き、そのライセンスを腰につけた小さな袋の中に入れた。 「さようなら。」「どうも。」 少年は手を振り、黒獅子は軽く頭を下げ、二人は冒険者ギルドを出ていった。 新しくできた、Aランクのパーティ。 その活躍振りを見てみたかった気もするが、蜃気楼は一つ所に留まらない。 おそらくは、あの二人もこのまま旅立っていくのだろう。 噂に聞く『蜃気楼』を、あのパーティの活躍同様見ておきたかった気はするが、仕方ないと溜息のような笑みを零し、男は普段の業務に戻る。 「おい、もう治療してやれ。さすがにこれ以上の放置は精神的な傷に繋がる。」 医務室で寝かされたままの怪我人のために、男は奥の酒場へと声を掛ける。 「いや~、目の保養だったわ。さすがね、マスター。話が長い。」 褒めているのか、けなしているのかも分からない言葉で歩いてきて、医務室の常駐魔法使いは笑う。 「それはよかった。なら、クッキー(それ)は置いてけ。仕事料だ。」 「姉さんのクッキーは絶品。食べれば忘れられない味。譲れないわ。」 クッキーの袋を腕の中に抱え込み、女性は警戒するように笑う。 確実に、餌付けしようとしていたことの分かる発言だ。 「知ってる。渡せ。」 その物騒な物を処理するために男は腕を伸ばす。 「そして、お前は仕事をしてこい。」 無理やり袋を奪えば、魔法使いは不満そうな顔で、男を悪魔か何かと言いたげに見る。 「半分、残しておくから。早く行ってこい。」 ぱたぱたと医務室へ駆けていく魔法使いの背中を見て、男は大きく溜息を吐く。 武力とは無縁の菓子職人が、このギルド内に多大な影響力を持つことを、外部の者に知られるわけにはいかない。 知恵の回る黒獅子、強大な魔法攻撃力を持った純真な少年。 破壊力を持つ最高峰の研究者、蜃気楼。 ライセンスの示す6つの項目だけでは、人の力など量れないという事を男は十分に理解していた。 それを補うギルドの能力補正は、人物を見るギルドマスターたちの手に委(ゆだ)ねられている。 記されていない記録のために、かえってギレイ・マドイの「頭脳」には『A+』が付けられたのだろう。 ギルドに張ってある魔法減退の結界の中で、最高クラスの魔法を詠唱もなく発動させた少年には、この男が『A+』を認めた。 詠唱を加えれば、さらに魔法の威力は増すということだ。 『黒獅子』に関しては、噂でも記録でも否定のしようがない。 いや、少し考えて男は黒獅子の「頭脳」をDに変えた。 場の流れを読んだ黒髪の少年に、判断力がないとは思えなかった。 依頼を受けた時だけが、ランクに影響するわけではない。 普段の生活の態度もギルドのマスターは見ている。 ←前へ■ギレイ目次■次へ→ 小説を読もう!「ギレイの旅」 273話力量を見る目この話と同じ内容です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013.04.21 00:13:32
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