102315 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

千夜の本棚 ネット小説創作&紹介

千夜の本棚 ネット小説創作&紹介

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
2013.04.03
XML
カテゴリ:本棚  ギレイ
「シシと光の剣は凄いと思う。でもね、やっぱり、どうしてAランク……?」
納得いかないという表情で、少年はまたそのライセンスを眺める。
振ってみても、そのライセンスは『A』のままだ。
「やっぱり、可愛いっ。」「ちょっと誘ってみない?」「声掛けてみようか。」
「クッキーあるよ、クッキー。姉が焼いたの。食べるかな?」
そわそわと、酒場の女性たちが動き出した。
相変わらず、空気の音しかしない会話だが。餌付けでも、するつもりのようだ。

「白、そろそろ戻るぞ。儀礼の奴、あんま放っとくと、ろくな事しないからな。」
溜息を吐き、『黒獅子』が壁から離れ、少年を呼びに来た。
睨み付けた黒獅子に対し、女性たちはむしろ喜んで手を振っていた。
「ギレイ君、何するの?」
ライセンスから目を上げて、少年は黒獅子を見上げた。
「部屋壊す。」
迷わず、黒獅子は答えた。さすが『蜃気楼(しんきろう)』。
何がさすがかは男にも分からない。
だが、噂のまとまらない蜃気楼に対し、共にいる黒獅子の言葉だけに信憑性がある。

「……うん。帰ろうか。」
青い瞳を開いたまま固まらせて、小さな少年は大きく頷いた。
この少年も納得できるだけの何かが、やはり、蜃気楼にはあるらしい。
『蜃気楼は部屋を壊す』
どうでもいい情報のような気もするが、その「方法」が、世界中の研究機関の欲しがるものなのだろう。
『日常的に部屋を壊す蜃気楼』。
暴れるのだろうか、いや、冒険者としては蜃気楼はDランクだ。
一般成人男性程度の力では大した破壊活動はできまい。
なら、やはり研究者の得意技、爆発でもさせるのだろうか。
それとも、部屋中を改造して砦にでもしてしまうのだろうか。

「それじゃ、ありがとうございました。」
くだらない想像をしていた男に、意外にも、丁寧に頭を下げて黒獅子が礼を言った。
真っ直ぐに合った黒い目は、少年のライセンス試験の間に、男が酒場の奥のがらの悪い連中を黙らせておいたことに、気付いていたと言っている。

 この二人がギルドに入ってきたとたん、その連中は酒の肴が来たとばかりに囃し立てた。
喜び勇んで入って来た世間知らずの若造に、現実を教え、叩きのめすのは、どこのギルドでもよくあることで、中級の冒険者にとっては、その話が立派な武勇になるのだから困る。
『黒獅子』と気付かずに挑んだ者と、その末路は医務室に行けばわかる。
治療をするはずの魔法使いは、そこの酒場でクッキーの袋を抱えているので、まだ放置されているはずだ。

「あ。ありがとうございました。」
慌てたように、小さな少年がぺこりと頭を下げた。
「何回も聞いて、すみませんでした。全部、親切に答えてくれてありがとうございます。でも本当にこれ……。」
高く通る声で言いながら、少年はまた不思議そうに青い瞳をパーティライセンスへと向ける。
無防備とも、無邪気とも取れる態度。これで立ち姿に隙がないのだから、不思議で仕方がない。
男がこの少年との長いやりとりに飽きなかった理由でもある。

 くすくすと奥の酒場から声が上がる。そろそろ本当に連れ去られてしまいそうだ。
「気にしなくていい。俺の仕事だからな。そのライセンスは本物だから、失くさないように十分気をつけるんだよ。」
男が言えば、少年はハッとしたように頷き、そのライセンスを腰につけた小さな袋の中に入れた。
「さようなら。」「どうも。」
少年は手を振り、黒獅子は軽く頭を下げ、二人は冒険者ギルドを出ていった。

 新しくできた、Aランクのパーティ。
その活躍振りを見てみたかった気もするが、蜃気楼は一つ所に留まらない。
おそらくは、あの二人もこのまま旅立っていくのだろう。
噂に聞く『蜃気楼』を、あのパーティの活躍同様見ておきたかった気はするが、仕方ないと溜息のような笑みを零し、男は普段の業務に戻る。
「おい、もう治療してやれ。さすがにこれ以上の放置は精神的な傷に繋がる。」
医務室で寝かされたままの怪我人のために、男は奥の酒場へと声を掛ける。

「いや~、目の保養だったわ。さすがね、マスター。話が長い。」
褒めているのか、けなしているのかも分からない言葉で歩いてきて、医務室の常駐魔法使いは笑う。
「それはよかった。なら、クッキー(それ)は置いてけ。仕事料だ。」
「姉さんのクッキーは絶品。食べれば忘れられない味。譲れないわ。」
クッキーの袋を腕の中に抱え込み、女性は警戒するように笑う。
確実に、餌付けしようとしていたことの分かる発言だ。

「知ってる。渡せ。」
その物騒な物を処理するために男は腕を伸ばす。
「そして、お前は仕事をしてこい。」
無理やり袋を奪えば、魔法使いは不満そうな顔で、男を悪魔か何かと言いたげに見る。
「半分、残しておくから。早く行ってこい。」
ぱたぱたと医務室へ駆けていく魔法使いの背中を見て、男は大きく溜息を吐く。
武力とは無縁の菓子職人が、このギルド内に多大な影響力を持つことを、外部の者に知られるわけにはいかない。

 知恵の回る黒獅子、強大な魔法攻撃力を持った純真な少年。
破壊力を持つ最高峰の研究者、蜃気楼。
ライセンスの示す6つの項目だけでは、人の力など量れないという事を男は十分に理解していた。
それを補うギルドの能力補正は、人物を見るギルドマスターたちの手に委(ゆだ)ねられている。
記されていない記録のために、かえってギレイ・マドイの「頭脳」には『A+』が付けられたのだろう。
ギルドに張ってある魔法減退の結界の中で、最高クラスの魔法を詠唱もなく発動させた少年には、この男が『A+』を認めた。
詠唱を加えれば、さらに魔法の威力は増すということだ。

 『黒獅子』に関しては、噂でも記録でも否定のしようがない。
いや、少し考えて男は黒獅子の「頭脳」をDに変えた。
場の流れを読んだ黒髪の少年に、判断力がないとは思えなかった。
依頼を受けた時だけが、ランクに影響するわけではない。
普段の生活の態度もギルドのマスターは見ている。

←前へギレイ目次次へ→
小説を読もう!「ギレイの旅」
273話力量を見る目この話と同じ内容です。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013.04.21 00:13:32
コメント(0) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.