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「え~っと、ベクトさん。長時間の抜き放し禁止ってことで、この件は落着にしませんか……?」 天井の彼方に青空でも見えるのか、儀礼は晴れ晴れとした表情でどこかを眺めている。 「ギレイさん、現実逃避はいけないと思います。」 きっぱりとした口調で言うベクト。 「じゃ、気付かなかったことにしてよ。なんとか噛み合いそうな言い訳考えるから。」 視線を逸らせたままで提案する儀礼。 室内を泳ぐ暴走した魔力は、段々と威力を弱めていた。 ベクトは眉をしかめる。 「もしかして儀礼さん、今までに、そうやってごまかしてきたことがあるんですか?!」 厳しい口調で、儀礼に向かって言うベクト。 その苛立ちを感じたのか、儀礼はびくりと体を硬直させる。 「そ、の……。」 否定の言葉が出せない儀礼。 「儀礼さん、不正は不正。犯罪です。確かに、厳しい状況になるのはこちらですが、それを許していたら、大惨事を招きかねないんですよ? あなたのような人が、それがわからないなんて言うんですか?!」 ベクトは儀礼に詰め寄っていた。 例え尊敬する人でも、許せないこともある。いや、尊敬するからこそ、許せないことがある。 「ようするに、モートックさんは、最初にギレイさんに言ったように、もうすでに魔剣の開封をしようとしてたってことですよね。それが失敗したんで管理局に来て儀礼さんに頼んだ。そういうことでしょう?」 ベクトの突きつける言葉に、儀礼はおとなしくうなずいている。 その姿は、ひどく幼くも見えた。 『あいつは、見た目も小さいけど中身も小さいんだ。』 昨日聞いた、黒髪の少年の言葉がベクトの頭の中を流れた。 なんだか、ベクトは怒る気も失せてしまった。 「すみません、俺も偉そうなことは言えませんよね。俺だって、そのお陰でこうして生きていられるわけですし。」 (俺の命と世の中の決まりを天秤にかけて、俺(ひと)の命を選んだ。そういう人なんだ。) 小さくなった稲妻が最後の光を持って小さく爆ぜ、そして、何事もなかった様に室内は静かになった。 「なら、……あなたが、そういうなら、どういう言い訳を考えるんです? モートックさんもそのままにしておけませんよね?」 (疑うのはやめよう。) ベクトは心に決めた。 この人は人のためにならないことはしない。そう信じたはずなのだから。 「後付けされた付加魔法の性質が合っていないので、魔力の分散現象が起こった。至急、魔法使いに付加魔法の解術を要請します。それで、今回の現象は二度と起こらなくなるはずです。それから、モートック氏に関しては、明日のグランさんの解呪の儀式で一芝居打つ予定です。」 最後の言葉に関して、儀礼は含みのある笑みを浮かべた。 「そういえば、招待してましたね。もしかして、その時からモートックさんになにかするつもりでした?」 思わず目を見開いた青年に、儀礼はこくんと頷く。 「表立ってするより、言葉で脅すくらいの方が効き目があるんですよね~。実際、今まで注意した人たちはちゃんと更正してますよ。」 にっこりと、今度は嬉しそうに儀礼は笑っている。 「そうですか。それはよかったです。それでですね、今思い出したんですが、食事と、風呂と、睡眠、どれがいいですか?」 ベクトもにっこりとワラッテ儀礼に聞く。 「え?」 意味が分からないと言いたげな表情で、儀礼は首をかしげている。 「僕はまだ、ここ片してから残りの資料と、今のデータまとめて、解術の要請書を作って、解呪の儀式用の六芒星結界の下地作る予定だから、まだいいよ。」 そう言って儀礼は、散らかった部屋の片付けを始める。 「でも、もう朝ですよ。朝食の時間にもなりますし、食べてから片付けても時間はありますよね?」 夜中に一度、夜食としてサンドイッチを食べたが、さすがにもうお腹が空いている。 「お腹空いたなら食べてきてください。もう食堂も開いてる時間ですしね。僕は飴玉があるんでいいですよ。」 と、ポケットから飴玉を取り出し、儀礼は自分の口へ放り込む。 「これで1時間は動けます。まだ5つあるんで、5時間大丈夫です。」 自信満々の顔でうなずいてくる儀礼。 「でも、水分だって取らないとまずいですよ。」 ちょっと呆れつつも、何とか連れ出そうと考えるベクト。 「水道から水が出るじゃないですか。井戸まで汲みに行かなくていいって、研究所はいいですよね~。」 なんだか上機嫌の儀礼。 「じゃ、風呂はどうですか? 寒いですし、徹夜で体が冷えてるんじゃないです? お湯で流せばさっぱりして、頭の回転もまた上がるんじゃないですか?」 (とりあえず、頼まれたのだから、面倒を見なくては。) と、頑張ってみるベクトだが、これが中々手ごわい。 「全部終わったら夜にでも入りますよ。その方が落ち着いて入れるんで。」 魔剣『マーメイド』を机の上に戻し、拾い集めた紙の中から、必要なくなったものを儀礼は次々にシュレッダーにかけていく。 「でもギレイさん、ぜんぜん、寝てもいないじゃないですか。僕も少し休みましたし、次はギレイさんの番でしょう。」 仮眠することを勧めてみるが、やはり、反応は悪い。 「昨日僕、昼寝してたじゃないですか。まだ平気ですよ。どうせだから、魔剣の付加魔法の解析までできたら、今日中にでも解いてもらえますよね。明日魔剣返せた方が僕も楽でいいんで。ベクトさん、本当にありがとうございます! 僕一人じゃ、こんなに早く終わりませんでしたから!」 徹夜のせいだろうか、かえって儀礼のテンションが上がっているような気がする。 みるみる間に、室内は片付いて、儀礼はすでに、魔剣を魔術の解析装置にかけている。 ルンルン、と上機嫌に資料を分類していく儀礼。 ベクトは、「ごめんなさい」、と胸の前で一度手を合わせる。 そんな怪しげなベクトの様子にも儀礼は気付いていない。 ベクトは扉を開けて、外にいた警備隊長を呼ぶ。 「何だ、終わったのか?」 外の扉に張り付いたまま警護をしていた様子の隊長。 「儀礼クンは! 無事なの?!」 二人を押しのけるように研究室に入り込むエーダ。 「はい、全て解決です。で、ギレイさんと食事してくるんで、中で剣の警備いいですか?」 「おう、行ってこい。剣の方は見とくよ。もうあんな風にはならないんだろ?」 ちょっと心配そうに魔剣の様子を覗く隊長。 「何それ、私も行く!」 いつの間にか薄い上着を羽織っていたエーダが、片手を高く上げて割り込んでくる。 美女の接近に一瞬戸惑うベクトだが、コホンと咳払いして隊長の疑問に答える。 「剣は大丈夫ですよ。鞘から抜かなければ何も起こりません。今、術式の解析してるんで、機械にかけたままで、置いといてくれればいいです。」 ベクトの話に隊長は頷いた。 そして、儀礼の方へと向き直るベクト。 「ギレイさん、許可をいただいているので、強制行動に入らせていただきます。」 「うふふ、儀礼クン。あ~ん、て私が食べさせてあげるわ♪」 そう言うと、首を振って嫌がる儀礼を、むりやり食堂へと引きずっていくベクトとエーダだった。 ←前へ■ギレイ目次■次へ→ 小説を読もう!「ギレイの旅」 311話この話と同じ内容です。 NEWVEL:「ギレイ」に投票 ネット小説ランキング「ギレイ」に投票 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013.05.21 21:45:56
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