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儀礼が5歳の頃の事。 礼一にひっついて、儀礼はよく管理局に行っていた。 管理局には面白い物がたくさんあって、面白い人たちもいて、儀礼は管理局が大好きだった。 何より、受付横にあるパソコンは、他の人が使っていなければ、自由に使ってよかった。 儀礼は、父が管理局のえらい人と話している間、そこで穴兎と会話していた。 チャットというものでは、他の人は皆、儀礼の会話が遅いので、相手にしてくれなかったが、穴兎だけは違った。 いつだって、儀礼の返事を待ってくれる。 『今、お父さんと管理局に来てるの。お父さんはお話してる。』 『そうか。』 穴兎の話はだいたい短い。返事くらい。 でも、儀礼が何か聞いた時は丁寧に教えてくれる。 儀礼にとっては優しい、兄のような存在だった。 ディセードにとっては、他の作業をしながら、自分の記録(アリバイ)を残せるので、ギレイとの会話はとても便利だった。 『お人形のおじさんが、ジュースくれるって。行ってくるね。』 儀礼は穴兎へとメッセージを送った。 お人形のおじさんとは、管理局の研究室によくいて、剥製(はくせい)の研究をしている人のことだ。 その道ではそこそこ名のある人物らしいのだが、5歳の儀礼にはあまり関係のないことだった。 月1ペースで管理局に来る儀礼を可愛がって、おかしやらジュースをよくくれる親切なおじさんだった。 その人の研究室には、部屋を埋め尽くすほどの動物の剥製が置かれている。 熊や馬といった大きなものから、小鳥やリスのような小さくて可愛いものまで。 不思議で綺麗な動物たちの人形を見るのは、儀礼の管理局で好きなことの一つだった。 『魔法のジュースくれるって。きれいなまんまなんだって。』 儀礼の意味不明な発言に穴兎は疑心を抱いたようだった。 『知らない人について行くなよ?』 『知ってる人だよ。いつも管理局にいるの。だから大丈夫。』 儀礼は、お人形のおじさんが、知らない人ではないことを穴兎に説明した。 『そうか。またな。』 それを聞いて、安心した様子の穴兎との通信はそこで途絶えた。 そして、明らかに怪しい人物についていった儀礼。 たくさんの剥製(はくせい)が並ぶ部屋の中、顔見知りのおじさんがジュースを差し出してくれた。 透明で、少しとろりとしている。 「これを飲むと、血が綺麗になるんだ。だから、体は元気なまま、腐ったりしない。」 よく分からないことを言う男に儀礼は首を傾げる。 分からないが、元気で血が綺麗になるみたいだ、と納得する。 手渡されたのは、ハチミツのような、とても甘い匂いのするジュースだった。 「ありがとう、おじさん。いただきます。」 儀礼は一口、二口と飲む。 甘くて、冷たくて、おいしい。 「おいしい。ありがとう、おじさん。おじさんは飲まないの?」 儀礼がジュースを飲む姿を、ただじっと見ている男に不思議に思って儀礼は問いかける。 「おじさんはいいんだよ。おじさんは見る方が好きなんだ。ほら見てごらん、可愛い白ねずみだろ。」 男が、小さな白いねずみを一匹、机の上の籠から取り出した。 そのねずみに、小さなトレーに注いで、男は儀礼が飲むのと同じ液体を与える。 ペロペロとそれを飲んでいたねずみが、だんだんと光るように見え、ピタリと動きを止めた。 キラキラと光っているようにすら見えるそれは、この部屋にたくさんある剥製と(ハクセイ)と同じ。 ようやく儀礼は気付いた。 (僕、お人形にされちゃうんだ。動けなくなって、ここに飾られちゃうんだ。父さんにも母さんにも、祖父ちゃんにも、もう……会えないんだ。) あせっていたのは、儀礼だけではなかった。 いつも儀礼についていた火の精霊も同じ。 『儀礼が剥製にされる』。 その事実に慌てて、父親である礼一のいる部屋へと飛び込むが、当然、実体のない精霊では気付いてもらえない。 周りの物を燃やしてみるが、首を捻りながらも誰も異変に気付かず、すぐに火だけを消されてしまう。 考えた末、火の精霊は思い切ってパソコンのネット回線へと飛び込んだ。 そこは無線で繋がる、細い細い魔力の道。 この世界のネットはどういうわけか、精霊たちにも関わりがあった。 精霊の気の多い所ほど、回線が繋がりやすいという不思議。 火の精霊が向かったのは、儀礼が会話していた相手。『穴兎』という正体もわからない人間の元。 それでも、火の精霊は、そこに賭けるしかなかった。 儀礼に親切にしてくれた、ネット回線に魔力を感じさせる人間の元へ。 そこへ行き、火の精霊は目一杯の力を出す。 パソコンが熱を持ち、ついには黒い煙りを上げた。 『穴兎』、ディセードが異変に気付いた。 後は、儀礼が無事に助かるのを祈るばかり。 小さな火の精霊は、主のないままに自らの力を使い、ほとんどの魔力を使い果たしていた。 それでも火の精霊は礼一が動き出したのを知ると、回線を伝い再び管理局へと戻ってきた。 剥製へと固まりかけた儀礼の元へ、研究室の扉を蹴破って入って来る父親、礼一。 その後ろからは複数の警備兵。 礼一が男を殴りつけ、胸ぐらを掴み、怒鳴るようにして解毒の方法を聞き出す。 「言え! どうやったら息子は元に戻る!」 強い、父の怒りを、儀礼は生まれて初めて見た。 いつも穏やかな父が、人が変わったように怒っている。 今すぐにでも安心して父に抱きつきたいのに、儀礼の体は動かない。 礼一と同じ様に、火の精霊も怒っていた。 礼一の怒りに同調するように、また、儀礼を守るように、儀礼の前に立ちはだかり、命ともいえる魔力を燃やして、炎を上げる。 その火の粉は、儀礼へと降りかかっていた。 ジリジリと肌の焼けるような感覚。 恐ろしいほどの父の怒り。 全く動かず、このまま死んでしまうのかもしれない自分の体。 すべてが、儀礼は怖かった。 泣き出したいのに、固まり始めた体は涙すら流せない。 そう、それは、一生記憶に残る、儀礼の恐ろしい思い出。 ←前へ■ギレイ目次■次へ→ 小説を読もう!「ギレイの旅」 328話この話と同じ内容です。 NEWVEL:「ギレイ」に投票 ネット小説ランキング「ギレイ」に投票 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013.06.06 23:35:51
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