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「あれ? そういや儀礼はどうした?」 儀礼の姿が会場内にないことに気付き、獅子が白へと尋ねた。 「……白いうさぎ、追いかけて行っちゃった。」 白は少し前に繰り広げられた光景に、未だに呆然としたまま答えた。 「晩飯か?」 「ええ!?」 獅子の疑問に思わず白は叫んでいた。 シエンでは、うさぎは普通によくある食料であった。 一方、着ぐるみを食べるという、おかしな情景を思い浮かべてしまった白。 二人の考えは、疎通されていないようだった。 2時間ほどして、儀礼はパーティー会場へと戻ってきた。 戻ってきた儀礼は、ディセードの家に用意されていた白いスーツへと着替えていた。 嬉しいことに、ちゃんと武器の隠し場所が付いているのだ。 儀礼の情報を読み放題のディセード、『アナザー』だからこそなせる業(わざ)である。 しかし、そのおかげで、金髪、茶色の瞳、色付き眼鏡、白い衣、と、いろいろと『蜃気楼』の条件が揃ってしまっていた。 緑色のドレスに着替えたリーシャンと共に会場に入った儀礼はすぐさま、『蜃気楼』として取り囲まれてしまったのだった。 せめても、素顔を隠そうと、儀礼は色付き眼鏡をできるだけ深く掛け直す。 「あらやだ、リーシャンじゃないの。道化師になったって聞いたところだったのよ。」 くすくすと意地の悪い笑みを浮かべてマッシャー家の娘らしい女性が言う。 「道化師? 何のことかしら? あなたのお父様のなさるお仕事はそれによく似ているようですけれど。」 「私のお父様のどこが道化師だって言うの?! 侮辱は許さないわよ!」 キッとリーシャンを睨み付けて、マッシャー家の娘が言う。 「道化師たちも立派な仕事ですわ。人前に出て歓声の拍手を浴びる。よく似ているのではなくて?」 涼しい顔でリーシャンは言い返す。 この様子を見る限り、一方的にマッシャー家の娘がリーシャンに突っかかっているように見える。 「よく言ってくれるわね。うさぎの着ぐるみなんて着て、私の家の庭を走り回って、パーティーを台無しにしてくれたじゃない!」 「あら、私は人気のないところへ向かっただけよ。ドレスの規定に着ぐるみはいけないとは書かれていなかったじゃない。」 前日の武闘大会の準優勝者がオオカミだったために、顔を隠す物や、着ぐるみのような物もこのパーティーでは許容していた。 その騒ぎを聞きつけて、獅子達が近寄ってきた。 「何だ、儀礼。その服、いつの間に着替えたんだ?」 「うさぎの毛だらけになっちゃったから。黒っぽい服だとどうしても目立っちゃって。」 「晩飯か?」 「捕まえたけど食べないよ。」 くすりと、楽しげに儀礼は笑う。 その目は人垣の向こうにいるディセードの姿を捉えていた。 「ちょっと、私のパーティーで変な格好で注目を集めて、何のつもりよ!」 『私のパーティー』と娘は言う。 これは、獅子の優勝パーティーではなかっただろうか。 性格が残念な感じの女性らしい。 歳はリーシャンと同じ位。20歳前後と思われるのだが。 しかし、これで会場内の雰囲気が悪くなってしまった。 「あんな恥ずかしい格好で、よくうちの敷地に入って来れたわね! さすが、落ちこぼれのアナスターだわ。そんな騒ぎで『蜃気楼』をおびき寄せるなんて。」 娘は周囲の空気に気付いていないようで、さらに言葉を続けていた。 機械に関しては周囲からずば抜けているが、魔力のないのがアナスター家だと、儀礼は事前に穴兎から聞かされていた。 そして、魔力による探査能力の高さが、情報国家フェードにおいては重要になってくるらしいということも。 「おびき寄せられたって言うのは事実ですね。走っている着ぐるみの中味が、骨格や動きから美女だって気付いて、思わず追いかけてしまいました。」 二人の女性の間に割り込むようにして、クスリと笑って儀礼は言う。 かけていた色付き眼鏡は外した。 昨夜から、ずっとこの家にいた儀礼が、『蜃気楼』だったのだと、この娘もようやく気付いたことだろう。 儀礼は、本当は、うさぎが美人だということまでは分からなかった。 走り方から、うさぎの着ぐるみの中身が、女性であることには気付いてたのだが。 穴兎が男であることを儀礼は知っていたが、手がかりに繋がると信じて、白いうさぎを追いかけたのだ。 そして今、儀礼の隣りに立つ穴兎の妹、リーシャンは間違いなく美女だった。 ゴン! 獅子の拳が儀礼の頭に落ちた。 「お前は、また、見境もなく人様に迷惑をかけるんじゃねぇ。すみません、連れが迷惑をかけて。」 儀礼の頭を押し下げて、獅子はマッシャー家の娘に謝る。 主賓である獅子に謝られては、娘もこれ以上ことを荒立てるわけにもいかず、場を治めるしかないようだった。 悔しそうに娘はその場から去って行った。 取り巻きたちを引き連れて。 「友達に会ったんだ!」 頭を押し下げられたまま、嬉しそうに顔だけを獅子に向けて儀礼は笑う。 「ともだち?」 「そう、ネットの友達!」 頭を上げると儀礼は、カチカチと手袋の甲を指で叩いてみせる。 「ああ、それか。……で? それが、パーティーの最中に、うさぎ追いかけて、よその女性に迷惑かけたのとどう関係あるんだ。」 睨むように獅子は言う。 その時、右手を獅子に差し出して、一人の青年、ディセードが言った。 「初めまして。君が『黒獅子』だね。ディセード・アナスターです。ギレイにはいつも世話になってます。彼女は、俺の妹なんだ。」 「いつもお世話してます。」 くすくすと笑いながら、楽しそうに儀礼は言う。 「いや、……普段から迷惑をかけてるみてーだな。えっと、俺はリョウ・シシクラ。初めまして。」 ぎこちなく手を握り返して獅子は言う。 何となく、本当にこの青年が儀礼の友人であることは分かったのだが、やはり、会ったことのない友人というのは、変な感じがした。 表向き、害はなさそうである。 武人としての気配はまるでない。 完全に文人、研究者と言った感じの青年だった。 「それで、もしよかったらギレイをうちで預からせて欲しいんだが、いいだろうか?」 青年は言う。 「うさぎの家には、色んな機械が揃っているんだ。愛華(あいか)の整備もできるし、パソコンの調整もできるんだ。ガレージのある管理局ってあんまりないから、正直本当に、助かるんだ。獅子は招待されてるから、この家から抜けられないだろ? いいかな?」 キラキラとした瞳で儀礼は問いかける。 「何かあれば、うちとマッシャー家は電話で繋がるから安心してくれ。メッセージを送ってくれても構わない。」 「でんわ?」 眉を寄せて獅子は言う。 「穴兎(あなうさぎ)、獅子、電話の使い方知らない。拓ちゃんに頼んで。」 儀礼は拓を指差す。 「君がタク君だね。シエン領主の子息、お噂はかねがね。アナスター家のディセードと申します。タク・タマシロさん。」 「初めまして、だな。俺は名乗る必要はないようだが。そのちびのことは任せていいのか?」 何かを探るように拓はディセードを見る。 ディセードはそれを受け入れるように平然と、優雅に礼をする。 アナスター家も有名な貴族であるということを、儀礼は再度認識したのだった。 ←前へ■ギレイ目次■次へ→ 小説を読もう!「ギレイの旅」 338話この話と同じ内容です。 NEWVEL:「ギレイ」に投票 ネット小説ランキング「ギレイ」に投票 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013.06.26 22:53:19
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