爺さんとたこ焼き 完全版
かなり怖い話なので、トイレに行きたい方は読む前にお願いします。昨日の内容に後編を付け加えましたので、昨日読まれたかたは後編からどうぞ。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆爺さんとたこ焼き (気持ちは老人と海) 完全版原作者 不明文 くり坊-----------------------------------------------------たこ焼き好きな爺さんがいた。かなりの年だということは間違いないが、実際の年が何歳なのかは誰も知らない。いつの頃からかこの町に住み始め、角のたこ焼き屋で1パック250円のたこ焼きを買うことを日課としていた。爺さんがこの町に来たのは10年以上前だが、実際は20年前か30年前かも分からない。角のたこ焼き屋も代替わりしてしまい、爺さんが始めてたこ焼きを買った日がいつなのかを特定することはできなかった。そんな調子だから、誰も爺さんの名前を知らない。が、「たこ焼き爺さん」と言えば誰もが知っている。そんな存在だ。その日も爺さんはたこ焼き屋にやってきた。「たこ焼き1箱」爺さんはやや前傾姿勢で歩いてきて、たこ焼き屋の前でぴたっと止まるとそういう。「あいよ」たこ焼き屋の若旦那は威勢良くそういうと、たこ焼き10個を手際よく紙製の箱につめ、ソースと青海苔をかけ、蓋をしてパシッと輪ゴムで止めた。そこからさらに古新聞で包んでじいさんに差し出す。その間、ざっと10秒。その手際を満足そうに眺めていた爺さんは満面の笑みを浮かべてたこ焼きを受け取った。「わしの楽しみはたこ焼きを食べることだけじゃ」爺さんは必ずそう言う。少なくとも若旦那がこの店を継いでから、雨の日も風の日も雪の日も、爺さんは欠かさずやってきてそう言った。そして爺さんは、やはり前傾姿勢で、おなかの前にたこ焼きを抱きかかえるようにして自宅に戻っていく。その姿は、腹痛に苦しむ人のようにも見えるが、顔だけは至福の表情だ。爺さんは自分の住まいにかえると、ちゃぶ台の上にたこ焼きを恭しく置き、正座して息を整える。家は平屋の木造。築30年以上経過しているようだ。爺さんはたこ焼きを包んだ新聞紙を広げて、たこ焼きの箱を止めてある輪ゴムを外す。深呼吸をひとつ。「今日もたこ焼きを食べることができてありがとうございます」爺さんは両手でたこ焼きの蓋を取った。「あっ!」爺さんは一言そう発したままその場に倒れこんだ。次の日。いつも同じ時間にやってくるはずの爺さんがこない。5分。10分。30分。時間だけが過ぎていく。やはり爺さんは来なかった。たこ焼き屋の若旦那の頭を悪い予感がよぎる。毎日欠かさず、雨の日も風の日も同じ時間にやってきた爺さんが来ないということは何かあったに違いない。1時間を経過したとき、若旦那はいても立ってもいられなくなり、店を放ったまま爺さんの家の方向に駆け出した。爺さんの家の木製の引き戸をがらっと勢いよく開けて声をかける。「爺さん、爺さん!」返事がない。若旦那は靴を履き捨てると家の中に入って愕然とした。爺さんはたこ焼きを残したまま息絶えていたのだ。ちゃぶ台の上の箱の中にはたこ焼きが9個。1個足りない・・・・。が、爪楊枝は使っていないままだ。そうか、爺さんはたこ焼きが1個足りないことに気付いてショックで死んじまったのか・・・。若旦那は唇を噛み締め、きつく目を閉じた。おいらが1個入れ忘れたばっかりに・・・・。・・・・・・・・いや、待てよ。おいらは確かに10個入れたんだ。間違いない。若旦那はがっと目を開くと、箱の横に伏せてあった蓋をひっくり返してみた。たこ焼きが、蓋についていた。◆ 後編 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆「たこ焼きが蓋にくっついていたことにに気付かず、ショックで死んじまうなんてかわいそうだ」たこ焼き屋の若旦那と町内会長は、爺さんのことを不憫に思い、みんなで葬式をすることにした。棺おけに爺さんを横たえる。前で合わせた手の下に、爺さんの食べられなかった最後のたこ焼きをそっと置く。その瞬間、1個足りないショックでゆがんでいた爺さんの表情が少し和らいだ。少なくとも若旦那にはそのように見えた。「爺さん、成仏しなよ」若旦那はそっと手を合わせる。葬式の時間が来た。僧侶の読経の中を町内の人々がゆっくりと焼香していく。「町内会葬」である。喪主には若旦那が選ばれた。本日はお忙しい中、私の最大のお得意さんでありました爺さんの葬式にご参列いただき、誠にありがとうございます。思えば、爺さんは雨の日も、風の日もどんな暑い日でも、私の焼くたこ焼きを買いに来てくれました。たこ焼きを渡したときのお爺さんの幸せような表情は決して忘れることができません。爺さんが亡くなった日も、やはり満面の笑顔で・・・・ううううう。ずるっ。若旦那は言葉を詰まらせる。とにかく、ありがとうございます。明日から、たこ焼きをもって家に帰っていく爺さんの姿を見ることはできません。皆さん、最後に爺さんのいい顔をみてやってくだ・・・・ずる。最後は言葉にならぬまま、若旦那は深く会葬者に頭を下げた。それでは、爺さんに最後のお別れを・・・。町内会長と若旦那は棺おけの蓋を開く。「あっ」町内会長と若旦那がそろって悲鳴に近い声を上げた。爺さんがいない・・・・・・。爺さんは蓋にくっついていた。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆南無阿弥陀仏。私が大学時代に、友人の下宿で聞いた話に、私なりのアレンジを加えてみました。爺さんの無念の思いが自らを棺おけの蓋にくっつけたのだろうか・・・・。もし、この話の原作をご存知の方がおられれば、ご一報いただきたい。人気blogランキングへ