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さそい水の日記 [全2128件]
昨夜はサッカーワールドカップのアジア最終予選を見た。 6万数千人の観客というのはすごい。 その大舞台で、日本はいい試合をした。 本田とか香川とか長友とか、世界で堂々と戦っている連中は、 やっぱり風格がある。 そして、そういう選手を身近で見ていると、 日本に残っている選手も、世界を近く感じることができる。 日本人はプレッシャーに弱いというのは、 昔の話だ。 日本や韓国が、ワールドカップで優勝するというのも、 夢ではないところまで来ていると思う。 ぼくは、どうしてもラグビーと比較してしまう。 ラグビーが好きだから。 トップリーグができて、 世界から大物が来日するようになって、日本のラグビーも変わってきた。 指導者も世界レベルになり、 確実に強くなっていくと思う。 どういうのが日本流なのか、 まだ模索中だけど、大西鉄之助の「展開・接近・連続」に低くてしつこいタックルということになるのだろうか。 サッカーのように、もっと世界へ出て行く機会が増えれば、 日本のラグビーも変わってくると思う。 あれがだめ、これがだめではなく、 これならいけるというものを作り上げていかないといけないんだろうな。 そうそう、 競馬にしても、 日本の馬は永遠に世界に通用しないと言われていたのに、 今は、日本の馬が世界のG1を勝つのは、 別に珍しいことではなくなった。 日本人というのは、 日本がだめだという先入観をもってしまっている。 コンプレックスかな。 そういうふうに、洗脳されてきた。 やっと、スポーツの世界から、 その洗脳が解けつつある。 もっと幅広い分野で日本人が誇りをもって生きられるために、 サッカーには、その先陣として、 がんばってもらわないと。 ロンドンオリンピックも、がんばれ!ニッポン! そのあとも、 ずっと、がんばれ!ニッポン。 おれたちもがんばるぞ!ニッポン。 でいきたいものだ。
8月に出る本の原稿の最終チェックをしている。 2月の末に完成して、 ずっと眠らせたままだったので、 新鮮に読むことができる。 核こと、原発のこと、 ホピの予言をナビゲーターにして書いてみた。 まだ、何の解決していない。 これから二転三転、ぼくたちは破滅へ向かうのか、 浄化へ向かうのか。 どちらにしても、 それなりに厳しい状況を乗り越えないといけないのだが、 破滅は、それでジエント、浄化なら次があるという違いがある。 雷や台風のあとは、 とてもさわやかになるように、 浄化のあとは、 すばらしい日々が待っているのだ。 目先のことに流されてはいけないと思う。 遠い先のことも考え、 今を決めないと。
この間、霊能者の木村藤子さんを取材して(今月発売の「ムー」にでます)、 また次の霊能者取材の仕事がある。 岐阜県にお住いの方で、 今、ご著書を読んでいるが、 いわゆるアブナイ霊能者ではない感じがする。 ぼくは、 30歳くらいのときから、 ずいぶんと霊的な現象を見せてもらってきた。 有名なGさんをはじめ、 何人もの霊能者(特殊な能力をもった人)と一緒に仕事をしたこともある。 そういう体験から、 ぼく独自の、霊的世界の見方が身についてきたような気がする。 ぼくの視点で、 霊能者の人たちを見て、それを文章にするから、 この間の木村藤子さんのように、 「こんなふうに書いてもらったの初めて」 と、感動していただけるのだと思う。 霊能力と一言で言っても、 さまざまな能力がある。 たとえば、陸上選手でも、 短距離もあれば、中距離もあれば、長距離もある。 砲丸、ハンマー投げ、やり投げ、走り幅跳び、走り高跳び・・・。 いろんな種目があるようなものだ。 木村藤子さんは、透視能力が抜群の人だ。 霊と語るイタコのような人もいれば、 過去世が見える人もいる。 そして、 霊的能力がある人とかかわるときに大事なことは、 いくら霊が見えようが、 自分の過去を読み解かれようが、 それは、ひとつの能力に過ぎないという見ることだろうと思っている。 100メートルを10秒で走るなんてことは、 普通の人にとっては、 神の領域だ。 超能力だ。 でも、 その人を神と崇め、その人の言うことを100%聞くということはしないはずだ。 それと同じで、 霊能力も人間のもつ一つの能力。 ただし、 この能力は、使い方次第で、 人を幸せできる可能性をもっているということ。 もちろん、間違った使い方をすれば、不幸にする。 さらに、 この能力は計測できないので、 まったくその能力がない人が、 自分は霊能者だと言っても、成り立ってしまうような部分もある。 だから、 危ない世界ではあるが、 要は、 こちら側がどういう見方をするかが大事なわけだ。 今度会う方は、どんな方なのか、 楽しみだ。
芝居に出ることになった。 夢の中の話だけど。 その当日、ぼくははっと気づく。 台本も読んでないし、 もちろん、セリフもさっぱり覚えてない。 大した量のセリフではないので、 本番が始まるまでに覚えてしまおうと、 焦りながらも、台本を読み始めた。 でも、 たった数行のセリフが、まったく頭に入ってこないのだ。 本番の時間がどんどんと迫ってくる。 どうしよう、どうしよう。 焦れば焦るほど、 頭は働かない。 適当にしゃべるか。 そういうわけにもいかないだろう。 パニック寸前。 そこで目が覚めた。 「ああ、夢で良かった」 と、胸をなでおろした。 ぼくは、いつも綱渡りで仕事をしている。 余裕をもってやろうといつも思っているのだけれども、 なかなかできない。 締切が迫らないと、 気持ちが盛り上がらないのだ。 けっこう、緊張感があるんだろうなと思う。 特に、 5月は毎日が締切みたいな感じだった。 年に2度ほど、 売れっ子状態になることがある。 その山を越えて、 ちょっとほっとしたので、 そこに、それまでの緊張感があふれ出てきたのだと思う。 ちょっと、緊張をほぐして、 リラックスしないと。 せっかく呼吸法の仕事をしたので、 呼吸を意識して、ゆったりした一日を過ごすことにしよう。
重松清さんの本を読んでいるが、 フリーライターとか翻訳家とか、 最近読んだ作品には、文章を書くのを仕事としている人が主人公として出てくる。 あんまりさえない男。 40歳の男は、絵本作家でもあるのだが、 作品が書けずに、フリーライターで食っている。 40歳にもなってフリーライターか、と、彼が自嘲的になる部分を読んでいて思った。 ぼくは、 56歳のフリーライターだぞって。 今やっている仕事の編集者は20代。ぼくの子どもでも不思議のない年齢だ。 彼がやりにくそうなのがとてもわかる。 だって、 父親ほどの年齢の人に、 言いたいこともなかなか言えないよ。 それに、 感覚も違うから、彼が要求するようなものが、ぼくにはできなかったり、 ぼくがこれがいいと思ったことが、 彼にとってはあまり好ましいものではなかったり。 じゃあ、同じような年の編集者ならいいかというと、 50歳を過ぎると、 お互い頑固で、それも大変だけど。 だけど、 こういう迷いというか、複雑な感情というか、 そういうのは、 56歳でフリーライターをやってないとわからないかもしれない。 自分の世界を書いて食べている大御所にはわからないと思う。 重松さんの本を読んでいると、 哀しみとかさみしさが、人間の魅力なんだって思う。 ぼくも、 50歳を過ぎたあたりから、何となく哀しみやさみしさというのがぼんやりとわかってきた。 哀しみやさみしさを心に秘めている人間の魅力も感じられるようになってきた。 どんなに明るく振舞っていても、 どこかにふっと見え隠れする哀しみ、さみしさに、目が向くようになってきた。 56歳のフリーライターは、 60歳になっても、70歳になってもフリーライターで、 人の心の奥底にある哀しみやさみしさを書かせたらピカ一だよっていう、 自己満足でいいよ、 そんな人生を歩んで行きたいね。 「何かが欠けている人間ってのは、どうしてこんなに哀しくて、こんなに美しくて、こんなに素晴らしいんだろう・・・」(『四十回のまばたき』より)
ぼくたちは、 丸っこい地球の上に住んでいて、 それもすごい勢いで回転しながら、 太陽の周りを回っている地球の上にいて、 放り出されず、 生きていられること、 これが、 ぼくたちが守られている証拠ではないだろうか。 昨日も激しい雷雨があったが、 雷というのはすごいパワーがあるから、 ひょっとしたら、 放射能にまみれてしまった環境を浄化してくれているのではと思ったりする。 地球というのは、 ぼくたちが考えているより、 はるかに大きな存在で、 人間が気づかない仕組みで、 ぼくたちを守ってくれているのだ。 守られている自分を感じることは、 感謝の気持ちの第一歩だ。 だいたい、 生まれてくること自体が奇跡なのだから。 今日一日生きられることも奇跡。 ああ、ありがたいことだ。 手を合わさずにはいられない。
ぼくたちは、 丸っこい地球の上に住んでいて、 それもすごい勢いで回転しながら、 太陽の周りを回っている地球の上にいて、 放り出されず、 生きていられること、 これが、 ぼくたちが守られている証拠ではないだろうか。 昨日も激しい雷雨があったが、 雷というのはすごいパワーがあるから、 ひょっとしたら、 放射能にまみれてしまった環境を浄化してくれているのではと思ったりする。 地球というのは、 ぼくたちが考えているより、 はるかに大きな存在で、 人間が気づかない仕組みで、 ぼくたちを守ってくれているのだ。 守られている自分を感じることは、 感謝の気持ちの第一歩だ。 だいたい、 生まれてくること自体が奇跡なのだから。 今日一日生きられることも奇跡。 ああ、ありがたいことだ。 手を合わさずにはいられない。 |一覧| |