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テーマ:仏教について思うこと(1016)
カテゴリ:真言宗・密教・弘法大師
昨日は久しぶりに梵習字の講習会でした。
9年前の日記 梵習字の講習会 再び梵習字の講習会 三たび梵習字の講習会 4年前の日記 男子三日会わざれば刮目して見るべし 三人文殊、麗澤書院に沈む 梵習字関連で5本も記事を書いているとは驚きでした(*^_^*) 前回こう書きましたが・・・ 仮名 特級(初段の一歩手前) 漢字 準三級 硬筆 九級 私はさらに進化している(*^_^*) 仮名 準三段(堂々の有段者) 漢字 二段(堂々の有段者) 参ったか! 硬筆 七級はイマイチですけどね(ーー;) さて、それはさておき、久々の梵習字。 気合が入りますね(*^_^*) 別にもう習わなくても良いと思うのですが、所属宗派とは 違う宗派の先生なので、どんな字を書くのか興味がある(*^_^*) それに、質問も用意した(*^_^*) しかし、初めての講習会途中離脱(ーー;) いったい何があったのか? 今まで、私は積極的に勉強会に参加してきました。 30半ば過ぎてから、坊主になりましたが、行も学も 同年代の真言僧より劣っている訳ではありません。 別に勉強などしなくても、そこそこ法務はこなしていける。 その程度で住職をしている人も少なくない。 一方で勉強会と言っても、ピンキリです。 毎月、淡路島で行われている講伝は、大学院レベルの 知識が必要と思われます。 ほとんどの参加者が理解していないようなものから 一方で、そこらの住職の布教・体験などを聞くだけの ものまである。 必ずしも参加したからと言って収穫があるわけではありません。 しかし、重要なことは勉強会に参加することによって 僧侶としての原点に立ち返ることができます。 葬式をして法事をして、お寺の掃除をして、年中行事を マニュアル的に消化しているだけでは、「住職」という職業で 生活しているだけになってしまいます。 しかし、勉強会に参加すると、講師の人の真剣な取り組み方とか 真言密教の教えの深遠さを思い出して 「そういえば自分は僧侶だったんだ」 と原点を思い出せるような気がします。 今まで、所用があって抜けたことはありますが、 途中で自ら抜けたことはありません。 と思っていたんですが・・・今回は違った(ーー;) 演題 塔婆の書き方 十三仏種字・光明真言 タイトルから推測される勉強する梵字数は約40文字 講習時間は3時間 三時間で40文字も勉強するのは多くない? と最初から思っていました。 ところが、先生が 「では梵字は51文字ありますから、私が書いた後に書いてください」 ええ~(◎_◎;) ホワイトボードに紙を吊り下げて、先生が梵字を書いていく。 ちょっと待ってよ、紙をどうするかとか、どんな筆を使うか 説明が無いんですけど・・・ 所属宗派の勉強家では無いので、先生が所属する宗派の方が 隣に座っているので尋ねてみる。 「小筆ですか?大筆ですか?」 と聞くと 「どっちでもいいんじゃないですか?」 え?え?え? 「筆は45度くらいに寝かせて書いてください」 「???」 もともと、筆は普通は立てて書く。 立てて書くので、太い線も細い線も書ける。 寝かせて書いたら、意味がないではないか? 今まで梵字は何回も習ったけど初耳だ!(◎_◎;) 斜めに寝かせて書いたことで字がバラバラになった(ーー;) しかも、私は普通の書道のようにゆっくりと書いていると 隣の人は3つぐらい書いている。 私が1文字書いた時点で、先生が 「では次の字を書きます」 速すぎる!(◎_◎;) 先生の書き方を見て、自分が1文字書くと、先生は すでに次の字を書き始めている(ーー;) 書き方わかんないよ(ーー;) 1時間も書くと疲れてきた(ーー;) もういいわと、書くのをやめて、テーブルの上の アイスコーヒーを飲む。 やっとのことで途中休憩までたどり着いた(ーー;) 次の1時間半で40文字以上書くかと思ったら 急に嫌になって、途中休憩で撤退? 旧日本陸軍風に言えば、転進だ。 このペースで梵字を書いたところで、添削も無いのでは 何のメリットも無い(ーー;) うまい具合に、法務が入っていたので、坊主の格好で 来ていたのを幸いに、 「すいません、法務があるんで帰ります」 と怪訝そうな他の参加者に挨拶して帰った。 言い訳になりますが、筆を寝かせて書くというのは おかしいと思う。 筆を寝かせて書いたら、筆の持ち味が消えてしまう。 しかし、しばらく考えると、理由が分かった。 筆を寝かせて書くと、筆の横面を使うために線の幅が 一定になる。 これは筆の長所を殺した書き方ではないかと思うのですが 一方で、線の幅を一定にすることで、腕の差が出にくい。 実際、梵字には刷毛という書き方があります。 刷毛じたいを使うのではなく、ヘラを使うのですが、 当たり前ですが、一定の太さの文字が書ける。 つまり初心者向きの書き方ではないかと思う。 もう一つ、一般の真言僧は梵字51文字を書いている人は それほど多くはない。 必要な梵字しか習わないのだ。 ところが、私は51文字は何回も書いているので、 どうせ書くなら、もっときれいに書きたいというのがある。 この講習会なら、最低5回ぐらいに分けてほしいところだ。 ただ、梵字を書くだけなら講習会には参加する意味はない。 さらに、詳しくは言いませんが、この講師は梵字を書くのは ともかく、梵字やサンスクリットにもあまり詳しくないと 感じました。 なお、講習会自体が悪かったとは思わない。 普通の真言僧は梵字全部を書くことは少ないし、書いたこと自体が 良い経験になった人も多いのではないでしょうか? 多分、10年前なら最後まで勉強させていただけたと思いますが 私には内容が物足りない上に無駄が多かった(ーー;) と昨日帰ってきた時点で思っていたのですが・・・ そうでも無かった(*^_^*) その点については、また次回お話します。 大筆で梵字を書くことも少ないのですが、 かなりひどいです(ーー;) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
梵習字 書いてみたいです(^^♪
(2019年11月14日 15時23分08秒)
三人文殊さんこんにちは!
梵習字何だか見たことのない字です(;^ω^) 僧侶が書かれる特別な次男ですね。 難しくてなんて書いてあるのかわかりません・・・ こんな字を書けるだけでも尊敬します!! (2019年11月14日 15時53分30秒)
梵字は見たことはありますよ。
高野山奥の院手前の、橋の石の裏側にも書いてあるとか。 先日行った時は、時間と光の関係で見損ねました。 私には記号にしか見えません^^; 一文字一文字意味があるのですか? (2019年11月14日 16時57分00秒)
まあ、梵字のABC、読み方、書き方も大切ですが。
講習会で教わった程度で、自慢して鼻にかけるクソ坊主もいます。 アートの世界を究めようとする 芸術家もいらっしゃいます。 シッタン灌頂なんてのもあって 印信コレクションに入っていますが たまたまご縁をいただいただけで 大学院で研究するようなレベルではありません。 講習会に行くと必ずいるオジサンが、 「何か一つでも収穫があれば儲けもの」 と、言っていました。 夜の伝授会専門の方々も 大勢いらっしゃいましたが それもこれも、今では懐かしい思い出です。 (2019年11月14日 17時17分21秒)
ありますね。流派とかって
娘の習っていた書道も、中学の 教頭の習った書道的には 筆の持ち方すら違っていて 持ち方が悪いと叱られたと 娘がぼやいてました。高校も 同様ですので、選べたんで 芸術は絵画にしたみたいです (2019年11月15日 14時43分11秒)
さえママ1107さんへ
梵字は結構お守りにも使われていますし、一般の方で習っている方もあるので、それほど特殊ではないです(*^_^*) こんなのが書けても尊敬には値しません(*^_^*) (2019年11月15日 15時35分27秒)
meron1104さんへ
高野山奥の院手前の、橋の石の裏側にも書いてあるのは確か金剛界の三十七尊といって金剛界曼荼羅の真ん中の仏様を現す梵字です。 確かに記号みたいですね(*^_^*) 全部一文字ごとに意味はあります。ちなみに真ん中の紙の一番下の左側の文字は「神通」という意味があるのでありがたそうですね(*^_^*) (2019年11月15日 15時43分53秒)
同行三人@ハイジさんへ
今回は某派主催なのですが、講習参加者は私が撤退した時点で、本派のほうが多かったのでは? ただ、領収書がまだかなり用意されていたことから考えると、後からの参加者が増えると推測されます。 懇親会から参加する方もいるのかも(*^_^*) (2019年11月15日 15時48分18秒)
エンスト新さんへ
斜めに傾けて字を書くというのは、書道理論を無視していますので、ありえないですが、試してみました。 結果はまた日記で書きます(*^_^*) (2019年11月15日 15時51分08秒)
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