カテゴリ:ラオス
ラオスのルアンパバーン。'95年に町全体が世界遺産に登録された。昨日,NHKで放送されたので,今日は以前に行った時の画像を紹介する。なお,ルアンプラバーンという旧称を使うこともある。
このときは,友人に引き続き弟と行った最後のときだったのだ。つまり,この後から1人旅になったのだ。 初ラオの'00年8月に,この町を訪れた。多くの寺院があるが,寺院の紹介はあちこちのサイトで見られると思うので,私なりの気まぐれで紹介する。 このときは,デジカメを持っていなかったので,全てVTRキャプチャ画像だ。 ヴィエンチャンから空路で行った。プロペラ機(ATR-72)だ。ルアンパバーン空港で。空路は速いが風情はない。バスや,舟(スローボート,スピードボート)でも行ける。 ルアンパバーン空港だ。このときは工事中で,飛行機を降りてバスに乗り,いったん空港外?のデコボコ道に出てから空き地を走り抜け,さらに一般の家々を抜けてターミナルに行った。妙な感じだった。 昨日も載せた,ワット・シェントーン。ラオスの寺院の中で最高の美しさを誇るそうだ。 境内にいた子どもたちに,折り紙を教えてあげた。日本から持参したのだ。最初は,遠巻きに見ていた子どもたちだが,最後は集まってきて熱心に折っていた。 ワット〈寺院〉が,数多くある。こういった様式が多いが… こんな形のもある。別名,すいか寺である。ワット・ビスンナラートだ。 町の横を,メコン川が流れる。 町を流れるカーン川がメコン川に合流する地点だ。 こんな舟がいっぱいあったが,沈まないのか?? プーシーと言う小さな山から。328段の階段を上る。頂上には,機関銃の残骸もあった。左に見えているのは,カーン川だ。 小学校があった。前では,店開きをしている。おやつや雑貨があった。休み時間になると,子どもたちが買いに来ていた。日本では,考えられない… 小学校だと思ったが,午前は小学生,午後は中学生か高校生が勉強していた。 バスターミナルだ。帰りはバスで南下して,バンビエン(2回紹介した)に行った。7時間ほどかかった。 ターミナル周辺は… バンビエン経由ヴィエンチャン行きだ。客は,ほとんどが外国人だったが,同時にもう1台もっと古いバスが出発した。そこには地元の人ばかりが乗っていた。なぜかな?と思ったが,途中で検問所があり,地元人だけが荷物の検査を受けていた。その関係だったようだ。当時,多発していた爆弾テロ対策のように見えた。 バスのチケットだ。私の名前だけは,英語で書いてあった。 山中で故障した。車軸をかなりいじっていた。ギアが入らないような時が多くあった。めずらしいことではないが,ルアンパバーン~バンビエン間は武装強盗や山賊が結構出ているので危ないのだが… 途中で何回か止まる。野外のトイレタイムもあれば,ドライブイン(と言っても,たいへん質素だが)のときもある。子どもたちが子守をしていた。東南アジアではよくある風景だが,一昔前の日本でも当たり前に見られた光景だ。 ドライブインでの食事だ。ミー・クア〈焼きそばのようなもの〉と肉じゃがのようなものだ。 ここに来る欧米人は多い。日本人も結構多く来る。しかし,町はメインストリートはかなり欧風化されてしまっている。今は,もっとそうなっているだろう。いいのか悪いのか…旅行者が押し寄せるこの町に,次に行く機会があるかないか… ↓ はげみになります クリックをお願いします!! よろしくです!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします! 人気blogランキングへ こちらも! ※ 画面が完全に出るまでに戻ると,カウントされないことがあります。 クリックで,本サイトへ! 本サイト お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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