カテゴリ:友人ほか
昨日(23日)は大学同窓会で行っている青雲塾に参加して参りました。青雲塾というのは、同窓生などが講師となって講話をするもので、今回の講師はD君。D君は大阪大学大学院法学研究科で研究者を目指して勉強中の学生さん。目下は明治期の日露関係を研究して居られるそうな。法学部在学中に、青雲会主催の懸賞論文で2年連続して最優秀賞を獲得された優秀な学生。昨年法学部を卒業されて同窓会の仲間となったこともあって、今回、講師になって戴いたもの。 適塾出身者というと福沢諭吉や大村益次郎などが思い浮かぶが、武田斐三郎も適塾出身者。この人物の名を知る人は少ないと思う。小生も今回初めて知りましたが、函館の五稜郭の設計者だとか、勝海舟が彼を評して「わが国科学技術の先駆者として万能の逸材であった」と言っているとか、わが国初のストーブを考案した人物などと言えば、関心も湧くのではないでしょうか。D君は「幕末のダ・ヴィンチ」と言っていましたが(笑)。 講義に先だって、適塾などを見学して参りましたので、以下はそのご報告です。 懐徳堂は大坂の商人たちが設立した江戸時代の学校であるが、その旧趾碑が淀屋橋の日本生命ビルの南側壁面に埋め込まれるようにしてある。 適塾は元来は「適々斎塾」というらしいが、緒方洪庵が自宅兼で開設した蘭学塾である。幕末から明治にかけて活躍する人物を多数輩出したことで有名。懐徳堂と共に我が大阪大学の前身とされているから、武田斐三郎も同窓の先輩と言うべきか(笑)。
この部屋で、塾生たちは、一冊しかない蘭和辞書・ヅーフ辞書(長崎出島の商館長ヅーフが作成した蘭和辞書)を奪い合うようにして使い、寝る間も惜しみ予習に励んだそうな。この奥が大部屋になっているが、其処で会読などをしたのであろう。 建物の東側と西側は史蹟公園になっている。 西側の公園の奥の通路から南へ抜けると道を挟んで向かいに緒方ビルがある。このビルの入口脇に除痘館跡の説明板がある。
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