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2008.12.05
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カテゴリ:鋼の錬金術師
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 最初に出来るようになったのは、錬金術の修行の時。
 今となってはキッカケの詳細は憶えていない。
 憶えているのは、物質の練成の為に物事の理を想起する時。
 大切な精神鍛錬をしていた時だったという事だけ。
 実は。
 ボクは兄さんの取り戻した肉体でこの世界に戻ってきてから、錬金術のレベルがかなり落ちていた。
 物心つかないうちから錬金術に触れ、おぼつかない技でも使い続けていた、その技が上手く使えなくなってしまっていたんだ。
 出来るはずの事が出来ない。
 やり方は判っていたし、その知識も充分あった。なのに、成功しないんだ。
 全く出来ない訳ではないけれど、何度やっても極初心者のレベル。
 何百回何千回とやるうちに遅々としたスピードで上手くはなっていたけれど。
 悲嘆してもいいくらいに、上手くいかない。
 兄さんと一緒に二人で勉強していた時だって、こんなにヘタクソじゃなかった筈だと、過去を思い出しながらボクは思った。
 自分の能力の無さに哀しくなった。
 先生にその話をしたら、病気や怪我で神経が切れる事があるように、長く肉体を使わなかったから錬金術を使う能力がどこかで切れているか混線している可能性があるといわれた。
 そして、先生は更に不安を煽るような事をボクに告げた。
 「このリハビリは長くかかるかも知れないな」…と。
 他の人から見たら、短い期間。
 だけど。
 ボクにとっては、永遠にも感じられるほどの期間。
 朝から晩まで、果ては寝ている最中も錬金術の修行に励んだ。
 寝ている最中は自分で考えてしていた訳じゃないけれど、後で考えるとそうとしか思えない事が幾つもあった。
 先生が破門したボクをまた弟子にしてくれたお陰で、壁にぶち当たった時には解決のヒントを出してくれた。

 あの日の事は、よく憶えている。
 深い瞑想だったのか。
 疲れて眠ってしまったのか。

 ふと気がつくと、ボクは見慣れない風景の中歩いていた。
 最初は夢の中だと思った。
 だって、体は勝手に動いているし、他の人の気配を感じていたから。
 何となく、その気配の主に悟られてはいけないと思って。ボクは息を止めて気配を殺し、何が起こるのか観察していた。
 見知らぬ街は活気に溢れていた。
 360度パノラマで映画を見ているような気分だった。
 そんな中、聞き憶えのある声が聞こえた。
 声の方向に顔と視線が向き、見覚えのある姿を確認した。
 ボクは驚きのあまり呆然とした。
 目の前に捜し求めていた兄さんがいたからだ。
 少し成長しているけど、それ以外には考えられない姿。
……何か変だな。
 気配が音にならない声でボクに囁いた。
 視線は地面。顔をしかめたのだろう。
……なんだろう。この感じ。何かが僕の中にいる気がする。
 探るような気配がする。
 しまった…とボクは咄嗟に思った。
 驚きのあまり気配を隠す事が出来なくなってしまっていたんだ。急いで気配を隠し息をひそめる。
 そうすると、探るような気配がすぐに消えた。
 ボクは思いついて、自分の気配を殺したまま体の主の気配に近づいた。
 正確には近づきたいと思ったら、その主の思っている言葉が聞こえてきたんだ。
 聞こうと思った瞬間にボリュームが上がったようなそんな感覚だ。
……最近、忙しかったし、疲れているのかな?
 ノンキに呟くと、主はもう一度兄さんを見つめる。
 筋肉が動いて微笑みの形を作る。
 兄さんは華のほころぶような笑顔を浮かべてボクを見た…いや、ボクが入っている体の主を見た。駆け寄ってくる。
 ボクじゃない違う人を見つめていると判っていても、向けられた視線は眩しかった。
『やっと逢えた』そう実感した。
 他の世界にいたんだ。
 やっぱり生きていたんだ。
 感激していると世界が揺れた。
……やっぱり何かおかしい。
 気配が否定的な言葉と探るような力を発する。
 またボクは気配を消し忘れていたんだ。

 目の前が揺れる。

 ゆらゆら…と…

 まだ、この世界に居たかったのに。
 そう思っていても、強い力がボクを体から引き剥がして行く…

 遠くでボクを呼ぶ声。



「アルフォンス!アルフォンス・エルリック!シッカリしろ!」
 目を開けると先生に体を揺さぶられ、両頬を叩かれ、耳元で大声で叫ばれていた。
「あ…先生?ボクは何を…?」
 状況が把握出来ないボクは、キョトンとして周囲を見回した。
 叩かれた頬がかなり痛い。目を覚ました事をちょっと後悔した。
「息が止まっていた」
「息が?」
「ああ。それに魂の気配も薄かった。どこかに飛ばしていたんじゃないのか?」
 確かに、そうだろう。
 状況から先生の説明はもっともな話だったけど、納得出来なかった。
 そんな事が出来るほどボクの術の力は戻っていないはずだから。
 ボクは思ったままを口にした。
「そんなのおかしいです」
 口を開けると頬だけじゃなくて口の中も痛みが出る。
 口の中を切ってしまったみたいだ。
 ムキになって言ったボクの気持ちが判ったのか、先生はニヤリと笑った。「この未熟モノが」と表情が語っている。
 ムッとした。
 悔しくて歯を噛み締めると、頬と口の傷が疼く。
 救出してくれるにしても、もう少し手加減してくれてもいいのに…恨みがましい目つきで先生を見つめたけど、先生は何処吹く風の涼しい顔をしていた。
「まぁ…お前は何年も魂だけの存在だったから、抜け易いんじゃないのか?術が上手く使えないのも、そこに理由があるのかも知れ無いな」
 ボクの中で光明が差す。
 また元のように錬金術が使えるかも知れない。
 希望が見えた事が嬉しくてボクは嬉しそうに答えた。
「そうかも知れません」
 さっき経験した事を思い出して素直に口を開くと、先生は渋い顔をし真剣な目をしてボクを見つめた。
 心の底まで見透かしそうな鋭い眼光で見つめられる。
「それで。どうして息を止めていた?」
 静かだけど重圧感のある声でボクに尋ねた。
 ボクはその問いにすぐには答えられなかった。
 息を止めた理由はすぐに思い出せた。
 見つからないように、咄嗟に息を止めた記憶があるからだ。
 でもすぐ答えられなかったのは、兄さんとの再会を話すべきか悩んだからだ。
 あれが実在の兄さんだという確信は、ボク自身にはあるけれど、立証出来る証拠はない。
 それにあれがボクの知っている街じゃないという事は判っても、違う世界だとボク自身が感じても、実際に何処なのか何なのかは判っていない。
 おおよそ何かという事の検討はついているけれど、推論でしかない。
 今説明するのは不可能だ。
 ボクは全てを話すべきか、それとも話さないべきか考えて…取り合えず当たり障りのない事だけを告げる事にした。
「生きている人の中に入ってしまったみたいなんです。言葉には出来ないけれど、感覚と雰囲気でそれは判って…ボクが入っている事は良い事じゃないって何となく感じたので、気配を殺していたんですけど…」
「その主に気がつかれそうになって。息を殺すつもりが、息を止めたと」
「そう…です…」
「バカモンが!…そういう時にはとっとと戻って来い!想念の世界では、時間や距離はない。そう思えば帰って来れるんだからな!」
 今にも張り倒しそうな勢いで怒鳴られた。
 実際には一歩も動いていない。
 でも声だけで体が逃げ出しそうになる威圧感だった。
 それはボクが死ぬほど心配させた証拠だ。
 本当は帰ってきたくなかった。だから、思う事が出来なかった。
 それがボクの本心だったけど、先生の気持ちを考えるとそう言う事は出来ずボクは先生の前で深く頭を下げた。
「スミマセン。これからは気をつけます」
「判ったら良い」
 先生はボクを一瞥すると踵を返した。
「このバツに明日から一週間、店の準備から、接客、片付けまで全てお前一人でやれ!」
「ええ!そんなの無理です」
 先生はドアを開け、振り返ると人の悪い笑顔を浮かべた。
「言い訳は聞かん。今日はよく休んで明日には動けるようにしておけよ」
「先生」
 ボクは懇願する声で呼んだが、目の前で無常にドアは閉じられた。
 ずきずきと痛む口と今更ながらに感じはじめた全身の疲労を抱えて、ボクはただ一人部屋に残された。

 その後一週間。
 ボクはこき使われ、疲れきって夢も見れないくらいだった。
 今回あった事について深く考えたかったけれど、頭を過る事はあっても考える暇は無かった。
 もう先生に心配はかけまい。
 そうじゃなきゃ。
 ボクの時間が壊滅してしまう。
 密かにボクは心に誓った。


          おわり





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Last updated  2008.12.05 20:25:18
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