テーマ:今日の出来事(292796)
カテゴリ:今日のトピック
宮崎大学は、もともと、戦後の混乱期に、旧制の農専、工専、師範を母体として発足した新制の国立大学であった。学部施設も、それぞれの母体校舎を引き継いだ駅弁大学で、旧市街の周辺3か所に分置し大学本部は農学部にあった。A32期は農専時代からの数字で、新制大学としては8期生である。我々が入学した昭和31年は、まだ下駄ばき登校する学生もいて、木造校舎の廊下を「ガタガタ」歩く姿も残っていた。昭和31年生まれの年齢が61歳だから「思えば遠くへ来たもんだ」ではあるね、佐藤さん。
我らが母校宮大は、現在、宮崎市内の南部清武町に移設し。教育学部、医学部、工学部、農学部、地域資源創成学部を持つ総合大学として九州地方の人材育成機関として頑張っている、と思う? 前置きが長くなったが、同級生は今年80歳の節目を迎える年齢に達し、高校の同窓会も傘寿記念ラスト同窓会を11月に実施するから集まれと言ってきている。80歳というと生き残りは約3分の2だと思う。 宮大農学部A科32期生、入学33名、現在の存命者22名、今回の出席者は10名なので健康長寿者は半数に達していないことになる。出席者の内、既往症のある人が半数以上、全くのキランソウはほんの数人だった。 で、「同期会どうする?」が議題となったが、10人中4人が宮崎市在住なので次回は、「2年後に宮崎でやろう」ということに決定した。事務的なことは僕が引き受けた。 今回は、11日16時「小倉リーセントホテル集合」、17時から「懇親会」の通知が来ていたのだが、僕は段取りが悪く16時50分にようやくホテルに着いた。 博多駅15時24分発快速、西小倉駅16時34分着。トイレを探したり、駅前で方角音痴でウロウロ、ホテルというので大きい建物だろうと探すが看板が見当たらず、通行人に聞いてようやく目と鼻の先のリーセントホテルへ行き着いた。 前から徒歩1分の至近距離なのに、ホテル前にたどり着いたのは16時49分だった。 「小倉リーセントホテル」は公立学校共済の宿泊施設、看板が小さすぎるね。 11日16時55分、ホテルロビーで歓談しながら待っていてくれた?学友の面々 17時から21時まで懇親会、21時過ぎから22時過ぎまでロビーで歓談 我が家を出たのが、朝の9時15分家内に送ってもらって出発、すぐ近くの阪本商店に予約していた「くじら羊羹」を2パック購入してJR佐土原駅へ9時30分着。 9時46分発宮崎空港行きで宮崎駅着10時02分着、駅前宮交バスセンターで予約切符購入。 福岡行き高速バス「スーパーフェニックス」11時30分発で博多バスセンター15時42分着 12時04分えびのサービスエリアから頭上を走る国道加久藤峠ループ橋を望む えびのSエリアから霧島連山方向を視る。新燃岳の噴煙には気づかなかった お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Oct 14, 2017 11:25:26 AM
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