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THE Zuisouroku

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2024/03/28
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カテゴリ:小説












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 ホッジ中佐は、今自分たちがいる所がロンドンである事にも驚いていたが、何よりもロンドンだと言うのに電話も無く、街にはタコの様な人たちがいる事にも衝撃を受けた。ホッジの部下たちも、ホテルの部屋を出て、実際にそれを目撃して見ないとホッジ中佐の話を信じる気にはなれない。
 やがて表へ出た時に、実際のロンドンがホッジ中佐の言う通り、おかしな状態になっていると言う事に気付くのであった。
 隊員たちは、たといロンドンに異変が起きていても、害は無いから構わないでおくよう言われていたので異変には驚きつつも、拳銃を抜いたりする事は無かった。ただ困ったのは自分たちの今いる所を家族に報せたくても電話も無く、電報で通知するしかないと言う事だった。艦隊司令部にはホッジ中佐から電報で報せが入っているはずだと言うので良いが、家族が自分の安否を心配しているのではないかと言う事が、隊員たちの一番の気掛かりだったのだ。
 ホッジ中佐たちのような軍人や、ロンドンをよく知る者には、ロンドンに起きている異変が気になるのは当然だった。
 突然ロンドンに電話が無かったり、人間以外の魚やタコの様な軟体動物がシルクハットを被って歩いていたりという光景には、誰もが驚かない訳が無かったのだ。
 家族に電報を打ってもそれが届き、更に家族が電報でなにかをしらせてきたとして、そのやり取りだけでも二日や三日はかかる。ロンドン市民が電話を使わないキャンペーンでも始めたのかと、ホッジ中佐の部下たちは訝った。


          
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 一方の海野や雪斎、目付の伊藤平左衛門たちはじめ、江戸中期の松野原郷の人たちは、「大学様」である海野の言葉をよく信頼して、騒がず慌てもせずに、隣接して現れている異次元の都市の光景を受け入れ、また異次元の人たちの観察に勤しんでいる「美浜松伯耆守」こと海野ら、三人の、村の知識階級を見て安心していたのだった。
 「大学様」もお目付け様も、雪斎先生も異次元の都市にいる人や魚の様な生き物が、皆良い人間と同じ生き物なのだと言うのだ。寧ろ皆もその三人の行動を見て、一緒に向こうの不思議な街の住人に、会釈や合図を送って遊んでいた。
 
 ホッジ中佐とその隊員たちは、異次元とは言え第二次世界大戦当時の、ハルゼイ提督の部下たちで、海野の様な現代の海洋生物学者ではない。然もロンドンに慣れ親しんでいる隊員たちも多くいたために帰ってそれが困惑のタネにもなってしまったが、海野たちの場合は完全にこの事態を割り切って捉えられた分、混乱は全く起きなかった。
 
 魚は水の外にも世界が広がっている事を知っている。それ故に魚はしばしば水面へと大いなる跳躍をして、魚に取って「異次元」の、この空間に挑戦しているのを見かける事があるでは無いか。

 魚から進化した人類に一人、勇気を持つ者兵がいた。モロである。
 モロは先刻一計を案じ、モロが診る限り、日々こちらを見て、何事かを探っている様子の、刀を差した三人の男たちに、自分たちの世界で最も丁寧な挨拶をして見せた。
 頭を心持下げ気味にして、ひざを少し折って見せる挨拶だ。これはモロたちの世界では、大臣クラスの貴人に対してしか行なわない、最高の敬意を表す時の挨拶である。そうしてモロは直後に、「あかんべえ」をして見せた。そのあとでモロは、右のえらが進化した手を胸に高さに持って来ると、そこでまた、深く頭を下げて見せたのだった。

「おっ!たける殿!!あの者は今、何をして見せたのかな?」
 雪斎が、常とは異なるモロの仕草に刺激されて、海野にその意味を尋ねた。
「ただのいたずらでしょう、面白い男ですなあ!」と、海野が楽しそうに笑っている。
「私奴が、お返しのご挨拶をいたしますぞ!見ておれよ!いたずらものが!」今度は、目付の平左衛門が向こうの魚男に向けて、「あかんべえ」をすると、武士の礼で蹲踞をし、頭を下げて見せる。
 向こうの魚男は平左衛門が自分と同じように「あかんべえ」で応えた後に、何やら丁寧そうなお辞儀をしているのを見て、大笑いしているでは無いか。
「平左殿。ご覧あれ!向こうもわらっておるぞ!」と、雪斎が嬉しそうに言う。
 海野はひざを打って大笑いだ。
 魚の進化系である、異次元のモロは、自分の仕草や挨拶が、時空を超えて向こう側の見慣れぬ人種にも伝わったのを知ると、こんどこそ丁寧に挨拶をして、笑顔のまま向こうへと去って行く。内心ではやった!と躍り上がらぬばかりに嬉しいのだ。
 向こうの人種が、こうしたやり取りの通じる相手である事を知ったモロには、今度こそはと考えるところがあった。



「あの者は、愉快な男ですなあ!たける殿!!」隣で平左衛門と雪斎が腹を抱えて笑っている様子から、海野は(あの男には、こちらの様子が感じられたに違いない)ので、もうすぐあちらから接近を試みるのではないか、と期待する気持ちを抑えるので精一杯であった。
 「あちらから」来た者を歓迎しても、公儀から文句は言われまい。追い返すなど「無礼千万」だと言えば済む事だ。この時代にも相手に対する尊重や経緯は大切にされている、
 海野には、明日かも知れないモロとの接近遭遇が待ち遠しいのだ・・・。
「たける殿、あの者がこちらにうやって来るかのう!?菓子などは好きかの?!」と、目付の伊藤平左衛門は、既に菓子の心配だ。
「菓子の事ならお任せを!平左殿。私は茶を嗜むので心配はご無用」と、海野が言った。この村に一軒、とても垢ぬけた菓子屋がある。『翁屋』というその菓子屋には、気を利かせた駄菓子から、茶席で用いる高級生菓子まで、幅広く扱っているのである。伊藤平左も雪斎も、幕府の仮屋敷で、よくその『翁屋』の、酒匂まんじゅうでほうじ茶を飲んでいた。この三人に加えて、海野の家来や奉公人たちは、縁側に腰を掛けてそうした四方山話を楽しむのが習いとなっていたのだ。そこへ先刻の、魚の兵が加わる日もそう、遠くはあるまい、と海野たちは、心楽しく待っているのだ。
「たける殿は、そのおつもりか?!実は私もだ!」と言う平左衛門に、海野も雪斎も無論の事と、言わずもがな、三人の思いは同じである。

 一方、ホッジ中佐とその部下たちは、自分たちの現状に対するアメリカ太平洋艦隊司令部からの返答を待ち焦がれていた。
 自分達の全く知らないロンドンに置かれた事に、ホッジ中佐の一行は心細い。
 何もかもが、通常の世界とは違うロンドンにいて、自分たちが唯一頼れるのはアメリカ艦隊の司令部しかない。艦隊司令部なら、先刻打電した電文に、早速返答をくれるだろう。
 ホッジの一行はそう信じて待った。自分たちが帰還しない事に今、艦隊司令部も捜索をしている筈なのだ。我々の電文に、この先の指示を返してくれないはずは無かった。

 だが、この時空間には、ホッジ中佐の部隊は存在しないのだ。この時空では未だ、航空機も存在しない。
 幾ら待ってもこの時空のアメリカ太平洋艦隊司令部は、ホッジ中佐や他の航空機パイロットたちの電文が、いたずら電報だと判断するだろう。第一、ホッジ中佐もその部隊も、異次元のものなのだから。 

 ハルゼイ提督や山本五十六ら、日米艦隊の首脳たちもまた、ホッジ中佐が異次元空間へ飛んで行ったなどと、考えもせず、自分たちもまた、知らぬ間に異次元空間に足を踏み入れていると言う事さえ、未だ知らずにいる。不可解な出来事が続くこの世界に、戦争による異変しか想定しない、軍隊がそのような事をする訳はないのだ。
 異次元空間に存在している艦隊、それが自分たち艦隊である。だが、彼らがそれを知らされるまで、まだ時間が要る。
                        ☆

 神は見ているが救いはしない。人間は既に救われているからだ。
 インドには、人間に生まれてきた事自体が既に、救われた証拠だと言う説を唱える人々もいる。「悪業」を残せば、日本でも古来より、牛になると言われるであろう。インドでは悪業を残せば多くの場合、この様な報いを受けると言うが、これは『チャーンドギヤ・ウパニシャッド』と言う、BC・14C 頃に書かれたとされる、薄気味の悪い書物の中に説かれている。この中には仏教思想の中陰の元となる克明な概説が既に登場するのである。それには中陰の状態の素となった世界がこの様に描かれる。少し長くなるが、筆者の記憶でその様子をここに描いてみよう。



『お前は薄暗い中空にいるだろう。その時お前はひたすら人間に生まれる事を希求する事であろう。やがてお前は、その薄暗い空間で、何者かに引き込まれるように感じるだろう。その時、お前は転生するのだ。お前はただ、祈る。来世はより良い境遇の人間に生まれ変われる事が出来る様にと。お前はその時、まだ、女性のお腹の中にいる。間もなくお前は明るい光を感じて、自分が生まれ変わり、新たな世界にいる事に気が付くだろう。そして、お前は辺りの光景を見るだろう。お前は藁の中に埋もれている。そこは牛小屋だ。お前には脚が四つあり、藁束の中にうずくまっているのだ。人間では無く、牛に生まれた事に気が付いたお前は、失望の余り大声で泣くだろう。お前はその時、来世こそ良い報いを受ける事が出来る様にと、祈ろうとするが、既にその時お前は、人間の言葉を忘れている自分に気が付くのだ。転生した時に、絶望の余り、大声で無くのが嫌ならば、善なる業を積む事である』と。

 異変の中で藻掻き苦しむ人たちさえも、人間に生まれたと言うだけで既に、神の眼から見ればそれは、救われていると言うのも、それは前世で人間であった者でさえ、牛に転生する事が当たり前だからだ、とでも言いたげな『チャーンドギア・ウパニシャッド』の記述を見れば、人間に生まれた事だけで救われているのだから人間がこれ以上、神に救いを求める必然性は無いでは無いか。
 人間が、時折り思う疑問。「神は何故、人間の不幸をただ見ているだけで救わなないのか?」と言う問いに対して、それに対する答えがあるとしたらこの様になろう。神の眼で見れば、既に「お前は人間と言う生をうけて、救われているでは無いか。これ以上はもう、救いを求めるな」と。
 
「般若」が時空間を超越し、暴れているこの様子さえ、神の眼から見れば「人間は既に、救われている」のだと言う大前提を崩す理由にはならないのである。

 この様な状況にあって、それでもホッジ中佐とその部下は、事態の好転を祈念し、神にすがるしかなかった・・・。

「ホッジ中佐に電報が届いております」
 メッセンジャーボーイが、ホッジの待ち焦がれていたアメリカ太平洋艦隊司令部からの返電を持って来た。
 これで、やっと救われた!と、ホッジは夢中で電報に目を通した。

「貴殿ノイタズラ二、ワレ関セズ」

 ホッジの頭に冷気が差した。ホッジが何度見返してもそれは、彼が待ちわびたアメリカ太平洋艦隊司令部からの返電であった。
 間違いであってくれたら・・・。
 彼は絶句した。

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Last updated  2024/03/28 09:13:21 PM
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