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カテゴリ:起業
ニュースで、サッカーの中田選手の現役引退の言葉が彼自身のホームページから転載されているのを読んだ。 私自身あまりサッカーに興味はないし、ましてや中田選手個人に対する思い入れも別にないのだけれども、このブログに書かれた彼の気持ち(それが多少外向けに装飾されていたにしても)を読んで、素直に感心した。 自分の29歳ぐらいの時と比べてみると、大分違うな、ということもあるし、29歳でここまで言える、というのはやはりすごいことだ、と思う。 今日、借りてきているDVDで、「ガイヤの夜明け」を見た。「中小企業再生」の話であった。 その中で出てきた、いわゆる「中小企業の社長」という人たちが、いかに資金繰りに行き詰まり、自殺まで考えながらも明日への生き残りを掛けて戦う姿・・・ 私も退職以来、毎月、支給が約束されたサラリーと言う定期的な収入を失っているからには、自分の生活を自分で切り開いていくしかない、というある種の緊迫感が常にある。 それでも、こういった人たちに比べれば、この「緊迫感」などまるで比較にならない。 「全力疾走」と「散歩」みたいなものだ。 先日の日記で、「次の目標」というのを書いた時に、joe-edgecityさんから >>人間て言うのは、勿論、個人個人、能力差が有るのですが、その人が、まだ、自分の能力を十全に、100%使っていない状態で、お気楽に生きていこうとすると、却って苦しいだけだと思います。 というコメントを貰った。 確かに、ある意味、それは当っていると自分でも思う。 別に「全力疾走」することが善で、「散歩」することが悪、ということではない。 しかし、「全力を尽くす」ことでしか得られないものも確かにある。 サラリーマン時代は、考えてみれば実力以上の肩書きを与えられ、それに付随する責任の重さに愕然としながらも、その責任を全うすべくしゃにむに突っ走ったこともある。 考える余裕もなく、つまりは与えられた環境に全力でぶつかる以外に手がなかったような状況を経て、今のこの「平穏」がある。 そして、振り返れば、そういった「しゃにむに突っ走る」「全力でぶつかる」ということを通して、如何に多くの経験をしてきたことか! 冒頭の中田選手の言葉、そして、中小企業の社長の孤軍奮闘振りを見るに付け、本当に人間と言うのはその与えられた環境をどう自分の中で受け止めるか、それ次第だな、と思う。 「全力を尽くす」 それでしか得られない何か、それを「意識的に」得たい、というのは「贅沢」だろうか・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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