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ユーカリの木陰で里の行

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2022.02.12
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カテゴリ:海外生活


「プールのある風景・前編」​の続きです。


上の子が高校に入学したとき、夫の癌がわかった。

化学療法が始まると
その副作用で彼はもう昔みたいに泳ぐことができなくなった。
それでも夏になって子どもたちがプールで歓声を上げると
自分も入ることもあったし、天気がいいと子どもたちに
「今日はプールに入る? 入るならカバー開けてあげるよ」
などと勧めていた。

彼の最後のハロウィーンとなった、あの日の午後もそうだった。
暑い日だったのでダディンは子どもたちにプールを勧め、
プールカバーを開けてあげた。
後で自分も入るつもりだったのかもしれないが仕事に戻り、
その直後にシドニーの医師団から
最後の望みの綱だった
放射性核種内用療法の失敗を知らせる電話が入ったのだ。
命を更に削るだけだから直ちに止めるべきだ、と。

夫が腰を痛め、動けなくなったのはその翌日だった。
痛みは酷くなるばかりで結局、
救急に駆け込まなければならなくなって、
翌週には入院することになった。

私は放射性療法の副作用のせいだと思ったが、
検査で背骨の破損がわかった。
夫はプールカバーを戻したときだと言っていた。
厚手のビニールでできた頑丈なカバーはかなり重い。
そのうえ我が家のカバーは古くなっていたので扱いが難しく、
無理矢理引っ張った拍子に背骨を傷めてしてしまったらしい。
癌と治療の副作用で骨も脆くなっていたんだろう。

そのときの骨折が入院の原因だったけど、
それからはもう坂を転げ落ちるように病状は悪化していった。
夫は入退院を繰り返し、癌の主治医は余命数週間、
クリスマスまではもたないだろうと告げた。
背中の骨折が治るのが早いか、癌の進行で命が尽きるのが早いか、
そんな状況になってしまったのだった。
結局3月に亡くなるまで、夫は
病院と家とホスピスを出たり入ったりするような生活だった。

誰も入らなくなったプールに
新しいプールカバーが届いたのは、
夫が亡くなってから十日後のことだった。
プールカバーのせいで背骨を傷めてしまった彼は、
家族の誰にもこんな思いはしてほしくないと、
いつの間にか新しいカバーを注文していたのだった。

その日、二人がかりでプールカバーを抱えた業者が
突然我が家を訪れたとき、
そういえば夫が最後にホスピスに入院していたころに、
もう2か月も前に注文して既に代金も払ったのに
カバーは未だ届かないのか、と気にしていたことを思い出した。
当時はそれどころじゃなかったから
プールカバーのことなんて、すっかり忘れていた。

その日は偶然にも、
夫のお骨を火葬場に受け取りに行くことになっていた。
事前に業者から配送の連絡があったわけじゃなく、
まったく突然の訪問で、
夫が購入してから3か月も経っていたのだ。
そうして奇しくもその日の明け方、
私は夫の夢を見ていたのだった。

夢の中で夫はプールの向こう、裏庭に立って、
嬉しそうにこちらに向かって手を振っていた。
彼の背後には大きな樹が聳え立っていた。
ツリーハウスだった。
夫がツリーハウスの贈り物を子どもたちに届けに来たのだった。

だけど彼はただにこにこと両手を振るばかりで、
家の中に入ってこようとはしなかった。
我が家の愛犬チャーがプールをこちらに向かって泳いでいた。
溺れてしまうんじゃあないかと心配したけれど、
チャーは無事にプールサイドまで泳ぎ切った。
ほっと安心したとき、夫も夢も消えた。

目覚めるや、夫が夢枕に立ったのだと思った。
鮮やかな、霊的な夢だった。
その日は夫のお骨を受け取りに行くことになっていたから、
それで挨拶に来てくれたのだろう、と。
でも、と首を傾げたのだった。
なんでツリーハウス? と。

その数時間後に、新しいプールカバーが届いたのだ。
業者が二人がかりで巨大なプールカバーを裏庭の芝生に広げ、
設置しようと作業している。
その様子を見守りながら夢のことを考えずにはいられなかった。

家には愛犬が2匹いて、ポーちゃんは私の書斎に、
夢に出てきたチャー君はいつも夫と一緒にいた。
きっと夫は「主人」を失くしたチャー君を
よろしく頼むと言いたかったんだろう。

そうして夢の中でツリーハウスが立っていた場所には、
実際には子どもたちのキャビーハウスが建っている。
下が砂場になっていて、上の家には滑り台と梯子がついていて、
子どもたちも小さかったころはよく遊んでいた。

キャビーハウスを買ってあげたように、
夫は今も子どもたちに贈り物をしたいのだろう。
ティーンネイジャーになった子どもたちには、
もっと大きなツリーハウスを。
日々成長してゆく子どもたちに
まだまだしてあげたいことがたくさんあるんだろう。

でももう、彼にはそれが叶わない。
それでも今朝プールカバーは、届いたのだった。
夫のお骨が家に帰ってくるまさにその日に。
これは偶然なんかじゃあなく、彼からのメッセージなのだと思った。 

自分はこれからも子どもたちを見守り続ける、と。

身体はお骨になっても、魂は存在し続けるし、
自分はこれからも家族の一員で、見守っているよと、
そう伝えたかったんだろう。
生死を超えて絆は続いてゆくから、と。


新品のプールカバーのお陰で、我が家のプールは輝いた。
とりわけ雨が降ったときなんか
真新しい水色のカバーの表面に水滴が溜まって、
そのうち水面になって、綺麗な水景色が広がった。

だけどやっぱり、ビニールはビニールだ。
そして季節は冬へと向かっていて、
コロナ禍のロックダウンで家にいる時間は俄然増えたけど、
相変わらずプールはそこにあるだけ。
誰も使わないのに、メインテナンスの費用は掛かり続けた。

古くなったのはプールカバーだけでなく、
濾過器やお掃除ロボット、
ヒーティングシステムも老朽化して故障した。
お掃除ロボットは新しいのに買い替えて、
濾過器も一部を買い替え修理しなくてはならなかった。

そのうえ役所から、プールの安全性に関する法改正で、
今後は4年に1度プールインスペクションで
安全性を証明しなければならない(!?)という通知が届いたのだった。
何それ…。
戸惑いながらネットや周りに聞いて調べたところ、
面倒なうえに、
インスペクション代やら修理代やら証明書の発行代で
3000ドルくらいはかかるという。
ご近所さんなど業者から6000ドルも請求されたとぼやいてた。

私同様、ただでさえプールのメインテナンスにうんざりしていた友達は、
今やプールを潰すことも考えていると言っていた。
プールの水を抜いただけでは、コンクリートにヒビが入って
もっと厄介な事態になってしまうから、
いっそ埋めてしまおうかとも思うのだけど、
それもコンクリートの撤去や埋め立ての費用に加えて
いろいろと事後処理もあって、手間も費用もかかり過ぎるから
決め兼ねているのだ、と。

そのときは、そこまですることはないんじゃないか
と思ったけれど、私にとっても、
家族が泳ぐこともなく、新品とはいえ
ビニールカバーが皮膚のように貼り付いた我が家のプールは、
もはや面倒な金食い虫、頭痛の種でしかなかった。
夫が亡くなって、
自分一人で管理しなきゃならないことも、うんざりだった。

この年末もまたお掃除ロボットが壊れた。
買い替えて2年と経っていないのに、
先週プールクリーナーが修理したハズなのに、
先日はプールエンジニアまで来たにもかかわらず、
また業者を手配しなくてはならないのだ。
でもこんな年末に誰が来てくれるっていうんだろう? 
追加料金もかかるだろうし。
でもこのまま放っておいたら
また緑色の藻が生えてしまうだろうし。
まったく、いつもいつも…

グルグルしつつ心の底から思った。
プールなんて大嫌いだ、と。
役にも立たないのに手間とお金ばかりがかかる。
信頼できる業者を探すのも一苦労だし…。
プールがなければ、どんなに楽だっただろうか。
このときばかりは本気で考えた。
うちもいっそ潰してしまおうか、と。

元々自分はプールなど欲しくなかったのだった。
そう思ったら、プールに対する不平不満や
様々な否定的な思いが込み上げてきた。

だいたい明後日は大晦日だというのに、
なんでプールの修理のことなど考えなくてはならないんだろう。
本来なら今頃は日本に一時帰国しているハズなのに…。
コロナ禍とはいえこの年末も…。

そのうちそれはプール問題を飛び越えて、
海外で暮らすこと自体への
難儀さやネガティヴな思いへと繋がっていった。
もう半日くらい愚痴ってしまいそうな勢いで。

それでも、現実には、
自分はメルボルンにいるし、家にはプールがある。
かといって引っ越すというのは・・・
プールを潰しにかかるって言うのも…。

思えば先月、4カ月もかけたプールインスペクションが
やっと終わったところだった。
安全性を脅かすものは「規則だから」と徹底的に修理させられた。

例えば隣人が塀を乗り越え我が家のプールに飛び込んで
溺れてしまうかもしれないからと(マ・ジ・で・す・かっ?)
塀を高くさせられたり
(ちなみにお隣りは90代のおじいちゃんの一人暮らしである)、
子どもがプールフェンス脇の小さなサツキによじ登って
フェンスを越えてプールに入って溺れてしまうかもしれないからと
(はいぃ…? その前に片足で枝が折れるわい)
付近の木々を切らされたり、
プールサイドに面したドアは自動で閉まらなくちゃならないからと
修理させられたり…。
とにかく大変だったのだ。
それがやっと終わったのに…。

外の世界を変えるのが大変なときは、
内側の世界を変えてみるしか…ない。
こういうときこそ瞑想だった。

呼吸に意識を集中し、
怒りを鎮め、
嫌悪感を手放して、
心の荒波がとにかく静まるのを待った。

空について瞑想し、
この問題について考えて、
意識の変容について考えた。
負から正へ、
ダルマの輪を回すことを黙想した。

そうして決意したのだった。
まずはプールを好きになろう、と。
頭じゃなく、心からそう決意した。

そのためにまず思い切って
プールカバーは外すことにした。
「プールがお荷物ではなく、生活の喜びになるように、
冬の間はカバーを外してもいいんじゃないか」
と勧めてくれたメインテナンス会社の方がいた。

ちょうど右足の平を骨折して外出も儘ならない時期だったから、
窓の外に揺れる水面に、どれだけ心が慰められたことか。
あのときは足のせいで自分じゃ手入れができず、
水に藻が生えて緑色に濁ってしまって結局止めたのだけど、
幸い回復して今なら自分ですることもできるし。
そう、自分で。

今後は、来たり来なかったりで、料金体系も曖昧な
プールメインテナンス会社に管理を任せるのは止めて、
自分たちでケアすることにした。
毎日水面を掃除して、
後はお掃除ロボットや濾過機など機械に手伝ってもらえばいい。
そのためにプール機器の扱い方を学んで、
水質管理も自分たちでする。
幸い近所のプール会社が店頭で無料の水質チェックをしてくれるそうだから、
定期的に持ち込んで必要な薬品は揃えればいいし。
だからまずはお掃除ロボットを修理して…。

あれから6週間。
子どもたちも手伝ってくれるし、
お掃除ロボットも濾過器も順調に動いている。
水に藻が張ることも濁ることもなく、
プールは青く美しい水面を湛えて居る。
もういつ来るかわからない業者を待つことも、
その仕事や請求書に神経を尖らせる必要もない。
少しずつではあるけれど
自分たちで管理する方法を学びながらやってゆくことにして、
本当に良かったと思う。

そうして手を掛けるようになったぶん、
プールが大切な存在になった。
毎朝、揺れる水面を眺めながら
プールサイドでコーヒーを飲むのは日々の喜びだ。

晴れた日には陽光を反射させキラキラ輝く水面に、
曇りの朝はちょっと沈んだ水面に、
雨の日には水滴に揺れ、風が吹くと細波に揺れる。
その日のエネルギーを反射させてゆらゆら揺れる水面に
心を浮かせて、
ゆったりと広がる贅沢を噛みしめるひと時。
たとえ5分であっても大切な、貴重な時間。

それから水面に落ちた枯葉やゴミをプール用のネットで掬う。
持ち手が長過ぎて扱いが難しいけれど、
5分10分やっていればそれでも綺麗になる。
夏場はやはり水の蒸発が早いので、
プールカバーは外しっぱなしってわけにはいかないけれど。

まあ、何ごともMiddle Way―中道ですよね。

引っ越して15年。
先のことはわからないながら、
今はその存在に心から感謝している。



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Last updated  2022.02.15 07:07:43
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