カテゴリ:Day
ぐっと寒くなった空の下でタバコを3本灰にしてから控え室に戻ると、親戚同士の和気あいあいとした歓談はまだ続いていた。
この控え室に案内されてからそろそろ1時間になるが、まだ職員から呼び出される気配もない。僕はちょっと困ったなと思いながら、どこか話の輪に入れるところはないかと部屋の中を見回した。 夕べの通夜やさっきまでの告別式のように多くの会葬者がいる場ではそれほど感じなかったが、こうして親族だけになってみると、どうにも居心地が悪い。それは遠く離れて住んでいたために他の親戚とほとんど会うことがない期間が20年近くもあったうえ、どうも未だに人見知りをしてしまう性格のせいで、こうして和んだ場に入っていくことがなかなかできないからだ。 まだ赤の他人ばかりの場だったら、ここまで居心地の悪さを感じなかったのかもしれない。「親戚だから」という深い親しみで満ちた場だからこそ、それを持ち合わせていないことに、ある種の罪悪感さえ感じてしまう。昔の僕を知って親しげに話しかけてくれる従兄弟がいても、僕がその従兄弟の名前を思い出せない申し訳なさ。 ぐるりと部屋の中を見回すと、さっきまでのそれぞれ家族同士で固まっていた輪が崩れて全く違った輪が幾つかできあがっているのに気付いた。 その輪の中心には一つの共通点がある。 子供たち。 入り口近くでは、亡くなった叔父の初孫である3歳の男の子が、お父さんの膝の上に乗って、ミニカーをテーブルの上で走らせていて、その横で叔父の2番目の孫を内に抱いた従姉妹がニコニコ笑っている。窓際では5歳の女の子が祖父である伯父に甘えているし、ちょっと視線をずらせば2歳の甥っ子が祖母である僕の母の膝の上で一心不乱にチョコを食べているのが見えた。 他のみんなはそんな幼い子供たちの一挙一動を見ては、笑って何か言っている。自分のことを言われているのは分かってるんだけど何を言われているのか分かっていない甥っ子が、きょとんとした顔で周りを見回し、その仕草にまたみんなが笑った。 そこにはさっきまで、叔父の棺に花を入れた時の悲しみは既に無い。新しく生まれた命の健やかさを祝福する場のようだった。 ふと、通夜の前に叔父の顔を2年ぶりに見た時のことを思い出した。 末期ガンだった叔父は抗ガン剤のせいで頬がげっそりやせ落ちて、僕のよく知っている、祭壇の上に飾られた遺影に写る叔父とはまるで別人のようだったが、最後の1ヶ月を自宅で過ごしたためか穏やかに眠っていた。 その顔を見た時、僕の胸にある思いが去来する。そして一緒に叔父と会っていた叔母が、その思いと同じことを口にした。 「おばあちゃんにそっくりだね」 そう、叔父の顔は、中学の時になくなった祖母にそっくりだった。 祖母から叔父、叔父から従兄弟、従兄弟から孫。 血のつながり、命のつながりを、僕は強く思った。 この控え室に満ちた明るさも、つかの間叔父の死の悲しみを忘れたのではなく、命のバトンが目に見える形で受け継がれていることを皆で喜ぶ明るさなのだ。 誰かから渡されたバトンは、次の走者が現れるまでしっかり握って全力で走る。 そんなことを思っていたら、ふいに叔母から声をかけられた。 「ちょっと、あんたはまだ結婚しないの?」 そしてこの秋に結婚する僕と同い年の従兄弟を引き合いに出してきた。 おおっ、次の走者のことも考えずにバトンを握っているのがここに一人。 ちょうどその時、ここの職員が叔父の荼毘が終わったことを告げに来た。 僕はこれ幸いとばかりに、その場を逃げ出した。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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