伊豆七島 女の不思議男の謎・・・99 朝吹龍一朗
「三浦按針、本名ウイリアム・アダムスは」 新宿都庁下の駐車場を早朝出発した大型観光バスの心地よい揺れにうとうとしていた権藤は、恐らく40をとうに(は)過ぎたと思しきバスガイドさんの声にぼんやりと意識を取り戻した。「東京駅は八重洲口の名前の起源ともなりました、ヤン・ヨーステンも一緒の船、リーフデ号は、豊後は臼杵のとある浜辺にうちあげられました」 うーん、「とある浜辺」というのは黒島という島で、しかもその沖合いで、デ・リーフデ号は自力航行ができなくなり、臼杵城主の出した船でようよう上陸したのだった。権藤は少しずつ現世に戻ってくるような気持ちがしている。隣には今年古希を迎えた母親が少し疲れたような顔をして眠っている。「按針は日本で初めて洋式ほせんを建造したことでも有名で」 うん、待て待て、ほせんって何だ。按針は確かこの伊豆半島の先っぽの伊東にドックを作り、そこで大型帆船を建造したんじゃなかったっけ。あ、ほせんは「帆船(はんせん)」か。「家康に気に入られた按針は、とうとう帰国することを許されず、江戸でお雪さんという美しい女性を娶り、二人の子供を授かったのでした」「その二人の子孫はどうしてるんだろうね」 老母がいつの間にか目を覚ましている。自慢の息子と二人で旅行するのは初で、3ヶ月も前からはしゃいでいたのを権藤は思い出すともなく思い出していた。一番前の席で、大きく開かれたハイデッカーバスの窓からはどこまで続くのかわからないほどくねくねとつながる道路が見える。土曜日の割には渋滞もない。5月の終わり、梅雨入りにはまだ間があるのどかな日だった。 ガイドさんの話はいつの間にか外の景色に移っている。「伊豆七島の見分け方をお教えしましょう。殿方にも女性にも覚えやすいと思いますが、まず、Eカップが大島です。ちょっと見えますね。そして平らなのが新島、そしてその間にあるAカップが利島なんですが、きょうは、ちょっと見えないかもしれませんねえ」 なるほど、伊豆七島というが、本当に伊豆半島から見えるものだ。さすがに八丈島は見えないようだが。「ということなんですが、ちょっと今日はかすんでいますねえ。利島がちょっと見つからないですねえ」 それを受けてドライバーが絶妙のタイミングで言った。「あ、としまなら一番近くに見える」 近くにいた乗客にだけ聞こえたので、権藤の周りでクスクス笑いが起きた。「え? かすんでいて今日は見えませんてば」とガイドさんがとぼけると、なおもドライバーが「マイク向けてよ」と言った。「え、はい。どうしちゃったんでしょう、普段は無口な運転手さんなんですが」 マイクが自分のほうを向いたのを確かめてから、ドライバーがゆっくり言った。「だから、『としま』はすぐ私の横にいます」 ほぼ満席だった乗客から大喝采が起きたのは言うまでもない。人気blogランキング投票よろしく 今日はどのへん?。