大阪旅行その2::大阪トリビア・ご存知でした?
タクシーの運転手さんとの会話から。大阪の道、南北方向は「筋」という。御堂筋、谷町筋、松屋町筋など。東西方向は基本的に「通り」。へえ~。南北、東西で違うとは気がつかなかった。筋、だと、縦方向に細長い感じだから、南北方向の道=筋、なんとなく、あってるか?かつては、東西も筋と呼ばれていたとか、商家の入り口が面する道が通りと呼ばれるようになったとか、大坂城に向かう道を通りといったとか、いろいろな説があるようです。筋、は今では大坂ならでは、の呼び方かな。そして、筋、基本的に一方通行なんだって。へえ~。これもこれも、気がつかなかった!御堂筋は何度も通ってるけど。海遊館そばの「天保山」。日本一(いや世界一?)低い山。頂上に二等三角点があって、国土地理院の地形図に載ってる立派なお山。(これは知ってました)ま、児童公園の築山くらいなものですが(笑)。ほとんど海面と言っていい地面から山が生えてる(爆)わけでありまして、海抜は低いんですね。確かに。天保山といえば、「幕末、鳥羽伏見の戦いで大敗した幕府軍を置き去りにして、将軍徳川慶喜さんが、ここ天保山沖に停泊中の幕府海軍の軍艦に密かに乗り込み、江戸に帰った。」なんてエピソードを真っ先に思い出すわけです。幕末オタクは。幕末といえばもうひとつ。四天王寺近くに夕陽丘、という町名があります。高台で、お寺が集まっている寺町です。今は見えませんが、かつては大阪湾も望めたところで、海に沈む夕陽が大変美しく、人々はそれを観て、極楽浄土を想像した、という場所です。司馬遼太郎「燃えよ!剣」愛読者の皆様なら当然おわかりですよね。夕陽丘は、鳥羽伏見の戦いで敗れた、新撰組の土方歳三さんが、江戸に戻る前に、恋人のお雪さんとひとときを過ごす場所なのです。(「燃えよ!剣」後半の名場面!)一般的に大阪、といえば太閤さんですが、ワタシにとっては幕末歴史の舞台です。坂本龍馬も、大坂の土佐藩邸にいたし。もっとも、夕陽丘と土方さんのエピソードは、もちろん、司馬先生の創作ですが。