野に帰れ
断酒病棟日記続きの一部を省略して。 野人としてやるべきことが山積している。農作物の振興については試作を頑張りすぎたというか、意気込みがストレスを感じるようになっていた。果樹振興会長としての役目が果たせなくなっていた。反省して若手にバトンタッチすべき時が来ている。しかし、あわててはいけない。「あなたが起用されなかったように、人材は思わぬところで頑張っている」そのことに早く気が付き、側面から協力しなければならない時代や年齢にも達している。手法も人によって違ってくるだろう。落ち着いてまわりを見まわそう。 NPOについては、幸いに補助事業を予算化していない。4月1日付けで法律一部改正があり、責務代表者が理事長一人になったので気が楽になった。役場を退職して、肩書がないのが悔しかったのも手伝って、名前の通った先輩諸氏、特殊職種人を会員にお願いして何とか立ち上げることができた。 ウンパル(海・畑)学校と名付けたことなど、各種専門を生かした活動、体験教育をする場所を目指していた。屋敷内の倉庫を事務所にして、生涯学び続けるための学習の森造成を兼ねて、オオゴマダラ蝶の食草を植え、緑とサンゴの再生、そしてまちづくりを目標とした。立ち上げて5年がすぎたが、ヨロンマラソン完走記念植樹活動をメインに一歩は確実に成果を上げたと思っていたが、今年の、15,16,17と続いた台風にせいで、コースタルリゾートの海岸植栽の一部を失ってしまった。 法改正の手続き(代表権)の段階で、初期の目的を達成したとの考えで解散する予定で総会資料を作成したが、当日になって存続することに思いとどまった。続けるからには、認定NPO法人まではこぎつけてみようかと張り切っていたところ依存症がぶりかえしてしまった。それはそれでいいと思う。次の総会までは立ち直せると思っているから。できれば、賛助会員、正会員に身内も入ってもらおうと思っている。