地球人スピリット・ジャーナル1.0

2009/02/10(火)09:01

スピリチュアリティの心理学 心の時代の学問を求めて  

ブッダ達の心理学1.0(108)

「スピリチュアリティの心理学」 心の時代の学問を求めて  安藤治 2007/03 せせらぎ出版 単行本 293p ★★★★☆  日本心理学界の大御所・河合隼雄氏が亡くなった。あまりに大きな業績をあげた巨星逝くに、時代の流れを感じる。冥福を祈ります。合掌  著者は「日本トランスパーソナル心理学/精神医学会」の代表。このブログでは、「瞑想の精神医学」、 「瞑想とユング心理学」、「私を変えた〈聖なる体験)」 などの著者関連本を読んできた。 この本は、その精神医学会の会員17名の共著。  スピリチュアリティという、扱いにくいテーマを、トランスパーソナルの立場から、それぞれ検証する。興味深い論文がつづくが、堂々巡りの感もないではない。「サイバージャーナリズム論」でジャーナリスト達がジャーナリズムを問うことに似て、トランスパーソナル研究の徒が自らの主テーマとなるべきスピリチュアリティを問うという、どこか閉塞感がつきまとう一冊。巻末にある理事リストのなかにマイミクの名前があったが、文章は書いていないようだ。  このブログでは、マルチチュードという概念を自分なりに咀嚼して、無手勝流に使いはじめている。ジャーナリストの止揚されるべき方向性はマルチチュードの中にある、スピリチュアリティの止揚されるべき方向性はマルチチュードの中にある、というスタイルをとってみようと思う。  マルチチュードに対応する言葉として、シンギュラリティがある。マルチチュードの単語の中には、<マルチ>が包含されており、多様性を受け入れる個人、の意味合いがある。それに対応して、シンギュラリティの単語の中には<シングル>が包含されている。すべて多様なもを含んだ一なるもの、のニュアンスがある。ニューエイジ系で使われている言葉にOnenessなどという単語もあるが、こちらのほうが、互いの<多>と<個>が呼応しているようで、使いやすいように思うがどうだろう。  梅田望夫は「ウェブ進化論」、「ウェブ人間論」から「ヒューチャリスト宣言」と進んでいるが、私は、ヒューチャリスト(未来派人間とでも訳すのだろうか)という呼称はあまり正しい表現ではないと思う。未来はいつまでたっても、未だ来たらず、になってしまう。「ポストヒューマン」レイ・カーツワイルのいうところの「シンギュラリアン」のほうがより真実に即していると思う。  ジャーナリズムもスピリチュアリティも、こちらのほうに解決の方向性を見出すことになるのではないだろうか、という予感がする。

続きを読む

このブログでよく読まれている記事

もっと見る

総合記事ランキング

もっと見る