いざこざの外

勾留理由開示までは、連絡を絶った自分に身内からＦＡＸやら電話やらが
来ました。全て留守番電話にお任せして一切応じずに過ごします。
勾留理由開示が終われば、後は旦那が釈放されるまで何もありません。
言ってしまえば、釈放されるまでの最大のイベントが勾留理由開示でした。
それに来ない人に、わざわざ連絡する事は実質、何も無いのです。
私は留守電に入るメッセージを聞きながら、どこかでまだ、自分だけが
悪い事をして責められている様な、それでいて周囲の騒ぎを他人事で
見ている優越感を抱くような、何とも言えない心境でいました。

勾留理由開示の前です。身内が残した留守電をぼんやり聞いている時に
パグ犬のふぶきが、台所に入ってさかんに何かを掘り出そうとしています。
普段なら冷蔵庫前の野菜置きにあるニンジンや葉野菜を取ろうとしますが
この時は違っていて、どうも冷蔵庫横にある箱を気にしている様なのです。
そこで初めて「あの箱、一体何だ？」と気が付きました。
そもそも私が置いた記憶が無いので、何が入っているかも分りません。
犬を制して箱を見ると、封がされたままの段ボールです。
宅配便の伝票を剥がした後があるので、誰かが送って来た様でした。
私は深く考えずにガムテープを取り、箱を開けました。
途端に猛烈な異臭がして、虫がうわっと飛び出します。
「わっ！」
腐った野菜でした。既に原型をとどめていない物も多くある様です。
恐らく逮捕前に旦那が受け取って、台所に置いていたのでしょう。
それを言う前に旦那は勾留されたのです。
見ると、段ボールの底からは粘りのある液体が、ピタピタと出ています。

映画「セブン」のラストシーンで、モーガン・フリーマンが
箱の中身を見た途端、凍り付いてしまうシーンがありました。
箱の中からの視点で彼が映されているのですが、演技で充分に荷物の
凄惨さが想像出来ます。今思えば少ない動作でモーガン・フリーマンが
表した驚きと戸惑い。死体を見慣れているが故に、この後どう処理するかと
混乱の中で行なう計算。実にリアルだったんだなぁと思いました。
段ボールを片付けながら、改めて彼の凄さを認識させられたのです。

セブンは、旦那と初めて一緒に見に行った映画です。
「面白そうだし、ちょっと気になるから、一緒に見に行こうよ」
そう誘われました。その時は、付合うとか色恋には全然関係の無い状況で
訳あって私が旦那の家の家事一切をやって、家賃２万と食費半額負担での
居候をしていた時期でした。そして又、訳あって実家へ帰宅する時に
せっかくだし帰るついでに一緒に出かけるかと、渋谷まで足を伸ばして
映画を見たのです。でも最初のシーンから衝撃映像です。
第一の殺人現場の映像は、虫嫌いにとってかなり心臓に悪く
本当に悲鳴を飲み込んだ程です。首尾一貫して、暗く救いの無い映画。
面白かったけど、映画が終わってから２人でゲンナリしてしまいます。
結局、初デートはセブンという事になる事からも、ラストシーンが
思い浮かんだのかもしれません。思い出す事が多い、縁のある映画です。

それにしても、なぜこんなになるまで腐敗臭に気が付かなかったのか。
バタバタとしてはいたけれど「掃除でもして待っていて」という言葉を
もらったので最低限の掃除はしていて、しかも汚す人間が自分１人なので
部屋は整然としていたのです。なのに、こんな事に気が付かないなんて。
私は自分の「人間レベル」がすごく落ちた気がしました。
幸い翌日は生ゴミの収集日だったので、夜のうちに野菜を全て捨て去り
部屋の換気を充分にしました。