いざこざの外

紙袋を持って帰り、家に着いて犬に餌をやります。
飼い主の思いを他所に、犬達は至ってマイペースで主人の帰宅と
餌の時間を喜びます。それはそれで、心和む一時でした。

電話を見ると、留守電が入っています。
再生すると、私の母と靖子さんからでした。
靖子さんはKさんの奥さんで、私の大学時代の同級生です。
２人とも、旦那と帰還した頃だろうと、様子伺いの電話をくれたのでした。
私は深く考えもせず電話しなくちゃと受話器を上げ、まず母に連絡します。
電話を待ちわびていたのか、母は本当にすぐに出ました。
「ああ、お帰りなさい。どうだったの？ひさし君は？」
母は嬉しそうに聞きます。母の質問に対して別に変わり無い様だったと
感想をそのまま述べました。その返答に、母は少し怒った様でした。
「何よ、その変わり無い様だったって。帰って来たんでしょ？」
「出て来たけど、一緒じゃないから。旦那の身内とお茶を飲んで来るって」
母はしばし絶句して、がっかりだわね、と吐き捨てる様に言いました。
そして、又、少しして切り出します。
「あなた、もうこっちに帰って来る？」
帰省するかという意味だけではなく、別れるかという事でした。
「迷惑を掛けちゃうかもしれないけど、帰ろうかな」
「いいよ。戻って来ても構わないから」
私はとにかく、１度旦那と話してから決めることにしました。
母と話して、私は初めて離婚を具体的に考え始めます。
離婚という選択肢が出来たら、気が楽になった気がしました。
空虚な安楽でしたが、負担が減った事は事実です。

私はその勢いで、靖子さんに電話をしました。
やはり旦那が帰って来たかどうかと、いの一番で聞いてきます。
聞かれる度に心がカラカラしましたが、母と話した時よりも落ちついて
「旦那は旦那実家の人達と一緒にお茶してから帰るって言って、私と一緒に
帰って来なかったんだ」
と世間話の様に言うと、靖子さんはどういう事だと声を荒げました。
そして突然「今から、そっちに行くから！」と言い出します。
「子供と一緒に電車で行くから、少し時間がかかるけど、待ってて」
これには逆に、私の方が慌てました。
「いいよ、夜も遅くなるし、大丈夫だから」
「ダメだよ、何言ってるの！信じられないよ、そんな事。
いいから待ってて、ちゃんと待ってるんだよ？」
余りの剣幕に気押されて「靖子さんは熱い人だねぇ」と他人事の様に言うと
「当り前だよ！こんな事ってないでしょう？藤原さんおかしいし」
と私以上に怒ってくれました。
・・・やっぱり普通に考えて、旦那の選択はミスだよなぁ。
これは離婚をこっちから切り出しても、全然問題無さそうだ。
私は彼女の反応を見て、別の確信をします。靖子さんは靖子さんで
「これは離婚になるかも」と酷く心配して、とにかく今は側にいないとと
１歳前のお子さんを抱いて、寒い中を駆け付けてくれたのでした。
私がショックで家出してもおかしくない、そんな風に考えたのでしょうか。
とにかく家にいる様にと、しつこく念を押されたのを覚えています。

電話が終わった後、私は色々な事を考えました。
友達の有り難さとか、親の有り難さとか。
離婚手続きの流れは面倒そうだとか、旦那の選択を笑ったりとか。
カバンの中に入っていた指輪を思い出し、捨ててやれば良かったとか
なぜわざわざ、旦那の荷物だけ持ち帰って来たのだろうとか。
思い付くと旦那の荷物が憎たらしくなり、リビングから旦那の部屋の奥へ
思いっきり蹴飛ばしてやりました。