いざこざの外

翌日、旦那は１０時頃に起きて少しすると、テレビを見始めました。
警察では当然テレビなんてありませんから、だらだら見られる状況に
戻った事が嬉しくなったのでしょうか。
「普通にテレビを見られるんだなぁ」
可笑しそうに言ったのが、逆に印象的でした。
好きな時にテレビを見て、外に出掛けて、色々な本を読み、夜更かしする。
好きな絵を描く、話したい人と好きな時におしゃべりする。
日常では当り前の事が全て制限されていたので、どれも新鮮で
有り難く感じられた様でした。私にしても、家族がいる普通の生活が
本当に有り難いものに思えます。

旦那が殊の外喜んだものは、生野菜サラダとお茶でした。
警察では野菜類がほとんど無く、お弁当のつけ合わせ程度しか出て
来なかったので、ましてやサラダは一度も食べられなかったそうです。
大きなサラダボウルを抱え込むようにして、野菜をむしゃむしゃ食べる
様子は、飢えきった人が食事をむさぼる姿さながらでした。
これからしばらくは、野菜をメインにしよう。手付かずのままになった
他のおかずをつまみながら、ちょっと思いました。
そして白湯しか飲んでいなかったから、お茶があるだけでも嬉しいと
言う旦那に、ひっきり無しで我が家にあるお茶を出し続けます。
買溜めしてあったお茶類が、半月もしないで無くなりました。

以前に書いた事ですが、旦那にお弁当を注文したのかどうかを聞いて
出された物しか食べなかった事実を知ったのはこの時でした。
そんな状況なのだから、何か頼めばいいのに。お金だって充分に
渡していたのに。ついそう言ったのですが、留置所から出た後で
定期的に入っていた漫画の仕事が無くなる可能性も考え、旦那は節約に
務めたのかしら？と頭の端に浮かびましたが、何となくとしか答えない
旦那に、それ以上の話しはしませんでした。

以前と変わらない旦那ですが、留置所での記憶が蘇ると言って１つだけ
嫌いになった物があります。それは吉幾三。
彼には全く罪はないのですが、CMソングを歌う彼の姿がテレビに映る度に
旦那は気分が悪くなったそうです。留置所内でよく耳にするのが演歌らしい
のですが、中でも雪国が繰返し流れていた様で、その影響から嫌いになった
そうです。休憩時間というのか、自由になる時に流れていたのでしょか？
演歌の侘びしい情景が、留置所生活の慰めになるとは思えませんが
留置所や刑務所には、やはり演歌が似合いそうです。
今では随分と落着いていますが、当時はドキドキすると言った程なので
一体、何がどんな記憶に繋がるか分らないものだとしみじみ思いました。

夫婦で嫌いになったものは、警察、午前に突然鳴らされるチャイム。
それと私に限ってですが、電話。
未だに、関係改善をはかれないでいます。