いざこざの外

もうひとつ大きな誤算は、旦那の仕事がごっそりと無くなったことでした。
勿論、仕事が減るだろうとは予想していましたが、藤原ひさしという
ペンネームで描いていた、ごく普通のイラスト仕事も次々とキャンセルされ
しかも旦那の名前を一切出さないで絵だけ使っていた会社や、身内から伝で
仕事を依頼して来た人までが
「今回の事で、こちらも色々とあったので・・・」
と仕事を断るのを見て、やはり考えが甘かったと思い知らされました。

何より不安だったのが、収入がどうのと言うよりもむしろ
旦那が絵を描く仕事を続けていけるのかどうかという事でした。
松文館は裁判中に旦那を切ることはしないと思いましたが、裁判終了後は
どうなるか分らないと思いました。やはり「わいせつ」という肩書きを
食らった旦那は他の作家さんに比べて色々と制約が出て来るから、お荷物に
なるのは事実です。経営が悪化する中で、そんな作家を使い続けるとは
やはり思えませんでした。
松文館から仕事が来なくなることも考えておかなくてはいけないけれど
普通のイラストレーターとしての道が閉ざされてしまったとしたら
絵で食べて行くことは、一気に難しくなります。

旦那に仕事が入って来なかったら、別の仕事を探す事になるのでしょうが
自分の腕１本で仕事をして来た人だから、絵以外の仕事を旦那がするなんて
考えられません。正直に言えば、会社勤めが出来ると思えなかったのです。
何にどんな対策を取れば分らない時、実家は転職を勧めてきました。
福祉関係の資格を取れば、就職先は何とか探すから。
絵を描きたければ、兼業の様な形にして続ければいい。
とにかく今度の様な事で、２度と心配を掛けないで欲しい。
そんな話しが電話や手紙で何度か出た後、旦那がキッパリ言いました。
「自分は絵の仕事をメインに続けていくし、辞めるつもりも無い。
それで迷惑を掛けることになるなら、嫁さんの姓に改名してもいいから」
宣言の翌日には、御両親が揃ってアポ無し来訪をしました。
私は別室に隠れて、同じ様な会話が続くのを聞いていました。
意外と言っては失礼ですが、旦那はそんなに絵を描くのが好きなのかぁと
感心しました。３度の飯よりも好きという程では無いにしても、自分の
生涯を通じて続ける仕事は絵と決めているのを知って、へぇと思います。
普段は呑気で余り自分の事を口にしない人だから、こういう事態になって
初めて強い決意を聞くことが出来ました。
悪い時に起こる珍事だ、良いものを見たと私は面白く思っていました。
結局、事件から半年過ぎた頃にはイラストの仕事も入って来るようになって
今では以前よりも仕事数は増えています。

漫画の仕事がメインになった時もそうだったのですが、どうも私達は
１つの大きな転機を迎える時、トラブルという形で準備させられる様です。
ペースとしては２年に１回。昨年は娘の出産という形での節目でしたが
来年も又、変化を迎える事になるのかもしれないと、漠然と考えています。
「死ななきゃ、何とかなる」
私と旦那の、合い言葉です。